第6話 魔界のインフレ会議とサブプライム霊魂
会議室の天井から、蝙蝠のように吊るされたシャンデリアがぎらりと光を反射する。重苦しい空気。地獄経済庁、中央会議。
「本日は、地獄インフレ会議にご参集いただき感謝するゾン……もとい、諸君」
壇上に立つのは、魔界中央銀行総裁ゾルゲ・ドルゲン。
顔は常に青ざめており、目は焦点が合っていない。発言中にも数回、脳みそが片方ズレた。
「現在、冥界のマネーサプライは過去最高を記録し、死者一人あたりの購買力は-57%まで低下したゾン……これは良い兆候では……ゾン……?」
地獄経済専門家たちはざわめき、会場は一気に不穏な空気に包まれた。
「なあ……今、“ゾン”って言った?」
「え? いや、たぶん比喩だよ。“ゾン”ビ的発言ってやつ」
「いやでも彼、腐ってない?」
そして数分後、ドルゲン総裁が壇上で“脳みそをかき混ぜる”という前代未聞の行動に出た瞬間、
記者たちは真実を悟った。
「魔界中央銀行総裁がゾンビだった! 経済政策すべてゾンビ脳だった!?」
ネットと霊界SNS《死トックトック》では拡散の嵐。
《#ゾンビ緩和》《#脳みそも量的緩和中》《#魂の金利が負だった件》がトレンド入り。
その瞬間、冥界株式市場は大暴落を始める。
一方その頃、地獄23区の片隅にあるボロビル9階、
アイゼンハワード=カンパニー。
「アル様!!!!!」
さっちゃんがドアを突き破って突入。
「アクマ証券が全売りしてます!!今朝仕込んだ霊魂建設株と冥界モーゲージが……一瞬で紙クズに!!」
「ぬおおおおおお!! 買い増したばかりの死債があああああ!!」
アイゼンハワードが机をひっくり返した。
社内のゾンビ社員たちが一斉に
「う~~ん」と呻きながら脳みそを抱える。いや、マジで抱えていた。
「保有資産の評価額がマイナス1200万金貨!!」
「しかも来月の返済期日でしょ……? 3000万金貨……! どっから捻出するのよ!!」
「だが、まて……これは逆転のチャンスかもしれん」
アイゼンハワードが天井を見つめ、右手を天に突き上げる。
「バブルは崩壊寸前、だが“ゾンビ的逆張り”をすれば……地獄で一人勝ちできる!!」
「ま、まさか……!」
「そう。次の一手は“霊魂サブプライム商品”の逆張り&貸出型スピリチュアルファンド立ち上げだ!!」
「それ、もう完全に火に油というか、魂に油ですけど……」
その頃、魔界中央銀行は大炎上。
ゾルゲ・ドルゲン総裁は会見でこう発言していた。
「ワタシノ金融政策ハ、ムカシ読ンデタ経済書ノ写経ナノデス。モウ中身オボエテナイゾン……(舌が取れる音)」
世界中の亡者投資家が絶望に叩き込まれたそのとき、
どこからともなく、魔王証券のゴーン・ダ・ビーストがつぶやいた。
机に突っ伏すように崩れ落ちるアイゼンハワード。
「お、おれたちの“サブプライム霊魂”……ぜんぶ、それに投資してた……!」
黒目が点になるさっちゃん。ずるりと椅子から半分落ちかけ、口元をひきつらせた。
「おまえ……何回“安全な死者債”って言った!?」
首をすくめ、額に汗をにじませるアイゼンハワード。
「……だ、だって!『ゾンビだから腐っても金利10%保証』って!セールストークが……!」
そこに、パソコンを両手でかたかたと打ち続ける女性の影。肌は灰色、目は空虚な赤。スーツの袖から骨がちらり。
「現時点での評価損、マイナス一千六百六十六万金貨。含み損、地獄の底。」
涼しい顔でそう告げるのは、ゾンビ秘書・ルミラ・カデヴァ。
ゆっくりと指を滑らせ、モニターをくるりと回す。そこには、赤一色の暴落チャート。
ガブ郎が頭を抱えた。
「なぁ、これ、どっかの国の魔法通貨と連動してない!? 炎帝国のファイアトークンとか……!」
ルミラが静かに首を振る。
「いえ。繋がっているのは“霊魂担保ローン”の一部です。すでに八割方、返済不能と判断されています」
アイゼンハワード、机の下に逃げ込むようにしゃがみ込む。
「だ、だれか俺の影武者つくってくれえぇぇぇ!!!」
さっちゃん、容赦なく書類をぶん投げる。
「そういうとこやぞ!!! 冥界リーマンショックの震源地、ここじゃん!!」
ガブ郎、震えながらも質問。
「じゃ、じゃあ……どうするんです? もう、倒産……?」
ルミラがきょとんとした顔で、指を宙に立てる。
「ご安心を。中央銀行より“悪魔のクーポン”発行が決定されました。該当企業にはもれなく“地獄優待券”が送られます」
アイゼンハワード、ぎょっとして立ち上がる。
「なにそれ!? 地獄の温泉でも行けんの!?」
「いえ。地獄のATMでのみ利用可能な割引券です。“魂の一部”と交換で、融資枠を広げることが可能になります」
ガブ郎が耳を塞ぐ。
「怖すぎる制度やめてくれぇぇぇぇぇ!!」
一方、魔界中央銀行総裁・ゾルゲ・ドルゲンはにやりと笑った。
背後に立つ影がひとつ。ルミラがじっと彼の背を見つめる。
「……ちなみに、総裁は……もう3日前に死亡確認されているゾンビです。つまり、法的には……」
その瞬間、会議室に響いた警報音。
【魔界の地獄株式市場、取引停止】
会場は真紅のアラートランプに染まり、アイゼンハワードの頭上に
《含み損:−3000万金貨》の幻影が浮かぶ。
さっちゃんが、ため息まじりに言い放った。
「おまえ、ほんと、来世で責任取れよ?」
冷や汗が背中を伝い、ガブ郎が震える手でマイクを握る。
「……つ、次の会議、いつですか?」
プルルルル
スマフォが鳴り。メフィスト夫人が、にこりともせず言い放った。
「明日の“ゾンビ再生計画案”です。全社、再生不可能と判断された場合、魂は一括で没収されますので……お早めにご準備を」
アイゼンハワード、再び机の下へ。
「魔界ってほんと地獄だよなぁぁぁ!!!」




