第1話 魔界の起業、始めます。
「会社、作ります!」
朝一番。魔界の地獄特有の酸性雨がザァザァ降る中、
さっちゃん(ベビーサタン)は、黒い煙を吹き上げながら絶叫していた。
アル=アイゼンハワードは、その隣で紅茶をすする。
「お前、さっきまで“炊き出し列に並ぶ亡者たちの笑顔が見たい”とか言ってなかったか?」
「だってアル様、金がないと笑顔も作れない世界ですよここは!」
さっちゃんは小さな角をブンブン振りながら叫ぶ。
「それに、私のこの天才的経営のセンス!魔界で腐らせるなんてもったいないです!」
「腐るならせめて静かに腐ってくれ」
「ダメです!動かない魂は、干からびて粉になるだけです!
というわけで!起業しましょう!!」
かくして爆誕した新ビジネス、その名も
『出前RUN』!
コンセプトはシンプル!
「魔界スイーツ、玄関までお届け!」
地獄名物・激辛マグママカロンや、霊魂入りプリン、灼熱チョコレートを、
ゾンビやガーゴイルに届けてもらうという、死んでもお腹が減る層向けの画期的サービスである。
「……よりによってスイーツ宅配?」
「魔界には足りてないのよ。カロリーと、愛と、チョコレートが!」
アルはため息をついた。頭を抱えた。思わず耳から火が出そうだった。
だが数時間後、なぜかアルは魔界商工会議所で起業届にサインしていた。
「おかしいな……俺は断ったはずだ……」
「口ではそう言ってたけど、契約書にはしっかり署名してたから安心して♡」
当然ながら、魔界のスイーツ宅配に投資する者などいない。だが、さっちゃんには恐れるものがなかった。
「アル、行くよ。今日は“メフィスト夫人”のところ」
「やめとけ。アイツは金は貸すが、返せないと魂取るぞ?」
「それでも“資本金ゼロ円”よりマシでしょ!」
ドスンドスンと地鳴りを鳴らしながら、彼らは魔界の高級住宅街“ベルゼバブ坂”に到着。薔薇のトゲでできた門をくぐると、そこにいたのは
「おやおや、お若い二人さん。魂の香りがフレッシュねぇ」
メフィスト夫人。七度離婚歴あり、再婚予定ゼロ。趣味は担保回収。
「出前RUN……ふふ、面白い名前ね。でも返済できなかったら?
そうねえ……魂、いただくわ。しかも、分割じゃなくて一括で♥」
「出たあああああ!魂担保!!」
さっちゃんが頭を抱える。アルはなぜかうなずいていた。
「やはり魔界式か……」
こうして彼らは命と魂と引き換えに、起業資金500万金貨をゲット。
■■■
初日から遅配、クレーム、配達先が火山の火口という試練の連続。
アルはついに叫んだ。「もう無理!赤字だぞ!」
そのときさっちゃんは、ふっと笑って言った。
「赤字はスタートラインよ。泣いてる暇があるなら、売れ!」
その目はマジだった。地獄の炎よりも燃えていた。
「ほら、あのドラゴンのお宅。誕生日ケーキ届けに行くわよ!」
「え、でも炎吐くやつだぞ?」
「ケーキも溶けてとろけて、ちょうどいいじゃない」
こうして魔界スイーツ宅配《出前RUN》は、今日もどこかで魂を燃やして走っている。
だが、当然ながら最初は赤字続き。
「アルゥ!また仕入れミスったの!?在庫が腐るぅぅ!」
「魔界で“要冷蔵”が通じるわけないだろう!」
それでもさっちゃんは笑った。
「赤字はスタートライン!泣いてる暇があるなら、売れ!!」
その言葉に、アルの赤い瞳がわずかに揺れる。
「……まったく、君という子は……サイコーにクレイジーだ。」
こうして、“1年で100億金貨を稼ぐ”魔界の奇跡は、
まだ誰も気づかぬまま、小さく、燃え始めていた。




