第6話 黒い告解室
冥府層・第二階層 《虚構の都ルメナリア》。
瓦礫と廃墟で構成された都市の空は、永遠に落ちない黄昏に包まれていた。空中には祈りにも似た呻き声が、都市そのものから漏れているように響いていた。
アイゼンハワードが黒きワイバーンの姿を解いたアルは、煤けた教会の正面に立っていた。
「……ここに逃げ込んだか、カナン」
腐敗した聖堂の扉が軋む音とともに開き、空気が変わる。聖なるはずの空間に充満するのは、堕落と狂気、そして“信仰”の残滓だった。
その奥に佇むのは、《ヴェール》が仕掛けた精神拷問エリア
《神父たちの黙示録》。
“信仰と裏切り”が交錯するこの階層では、訪れた者の記憶が血と幻でえぐられ、告解を強要される。
一歩、足を踏み入れると――
「よう、アル隊長……久しいな」
煙のように現れたのは、かつての部下・リュカ。若くして命を落とした冷静なスナイパーだ。
「……リュカ……?」
その後ろから、次々と現れる顔――
陽気な偵察兵キール。寡黙な魔導士フィオナ。戦術支援オペレーターの少年カズ。
全員、任務中に命を落とした者たち。
「お前が……命じたんだろ?」
「撤退指示、間違ってたんだよな?」
「“正義のため”……それで、俺たちは死んだの?」
亡霊たちの声が、アルの耳を抉るように響く。
「黙れ……俺は……!」
呻くように膝をついたアルの頭上に、ステンドグラス越しの光が降り注ぐ。それは神の祝福ではなく、懺悔を促す冷たい照明だった。
《この扉を開くには、罪を認めよ》
教会の奥、巨大な黒い扉の上に刻まれた文字が輝く。
「俺が正義だと思っていたものは……」
声が震えた。かつて、世界のためと信じて選んできた判断。見捨てた命。命じた犠牲。
それらが、いま一つ一つ、血のように脳裏へ滴る。
「……他人にとっては、“冷酷な命令”でしかなかった……」
扉が、きぃ、と軋みながらわずかに開く。
亡霊たちは、ふっと微笑を浮かべると霧のように消えた。
だが、アルの心に残ったのは、静かに焼けるような痛みだった。
「ありがとう、アル隊長。これで俺たち、やっと前に進めるよ」
リュカの言葉だけが、最後まで響いていた。
アルは拳を握りしめる。
「俺は……過ちを認めてなお、前へ進む。どれだけ傷を抱えても、誰かを救うために……!」
教会の奥に、逃げたはずのカナンの気配が再び強まる。
逃走ではない。
待ち受けているのだ。あの女は、裏切りを貫き、何かを終わらせるために。
アルは、開かれた告解の扉を越えた。
《虚構の都ルメナリア》の核心へ、踏み込んでいく。




