第10話 黙示の神殿 ―原罪の名を呼ぶ者
「ならば、俺が“選ぶ”。その運命を、断ち切ってやる」
アイゼンハワードが魔剣を振り抜くと、刃は空間ごと光を呑み、黒く染まった。世界の輪郭がねじれ、光と闇の境界が揺らぐ。
天蓋の彼方に、黄金の光輪が出現した。
「我はヴェイラス。光の摂理にして、裁きの導。汝らの罪、いまここに天秤へとかける!」
大僧正ヴェイラスが掲げる杖が金の環光を描き、周囲に“審判の刻”が刻まれてゆく。空間そのものが魔方陣となり、床には律法の記号、天には十ではなく金の日輪が回転し、神域が現出した。
「ユナ、リディア。いくぞ!」
アイゼンハワードの声に呼応するように、二人が陣形を組む。リディアのマントが舞い、青緑の魔紋が浮かぶ。
「聖なる風よ アイゼンハワードに《Sペード!》」
彼女の杖から放たれたカード状の風魔法が宙に舞い、味方の足元に突き刺さった。瞬間、ユナとアイゼンハワードの動きが爆発的に速くなる。風が彼らの背を押す。
「素早さアップ完了。次はDペードで抑える!」
リディアがヴェイラスの足元に向けてもう一枚の風のカードを投げ込むと、風が逆巻き、大僧正の法衣が激しくはためいた。
「フン、小手先の風など」
ヴェイラスの手から、金の光が弾ける。《聖陽結界》金の日輪から七本の光柱が降り注ぎ、地を焼いた。
「避けろッ!」
アイゼンハワードがリディアを抱きかかえ、瞬間転移。《ギロティーナ》が赤黒い閃光を放ち、聖柱の一本を無理やり断ち切る。
「ちょっと、くっつきすぎ!///」
「死にたくなければ黙ってろッ!」
その間にも、ユナは単独で迂回し、背後から《原罪追放》の祈祷を放つ。しかし
「我が名は神の代理なり!」
ヴェイラスの背に浮かぶ金の日輪が、ユナの祈祷を光の波動で跳ね返した。
「くっ……!」
彼女の杖が弾かれ、地に転がる。
「ユナ!」
アイゼンハワードが振り返ると同時に、ヴェイラスの杖が振り下ろされる。金の鉄槌《最後の審問》が彼に迫る。
「……ここまで、いや、まだ終わらせん!」
《ギロティーナ》の黒刃が火花を散らして鉄槌を受け止める。足元の魔方陣が軋み、空間が悲鳴を上げる。
「おまえは……多くの人間を殺した。自らの手で血を啜った、血塗られた伯爵アイゼンハワード!」
「ああ、そうだとも。だがな、それでも今は、守りたいものがある!」
金と黒の激突。世界が振動し、光と風と闇が絡み合う。
リディアが再び叫ぶ。
「《トルネード・スパイラル!》」
風が竜巻となり、ヴェイラスの足元を巻き込む。《Dスペード》と組み合わせた遅延風魔法。神の動きを封じる一瞬の好機。
「今だ、ユナ!」
「……《贖いの矢よ、原罪を貫け》!」
天より降りた一条の光。ユナの祈祷がヴェイラスの胸を撃ち抜いた。
しかし
「まだだ……まだ、終わっていない」
ヴェイラスの瞳が金に燃える。《日輪再臨》。天に輝く金の環光が、第二の審判を下そうとしていた。
瞬間、日輪が天に掲げられ、そこから零の刻印を帯びた金の矢が無数に降り注いだ。
「これは……!」
アイゼンハワードとユナは即座に回避行動を取る。だが、矢は避けられぬ運命のように追尾してくる。
「ユナ、下がれ!」
アルがユナを突き飛ばす。黒き鎧が数本の矢を受け、砕けた。
「くっ、これは……魂を、焼く矢か!」
「“ゼロの器”は、無の原理。存在を否定し、意志を削ぎ、最終的には時間そのものを……」
ヴェイラスの言葉が途切れる。
風が、吹いた。
「リディア、いけ!」
「風よ! 世界の歪みに抗え――《シーザース・ウィンド・Σリバース》!!」
リディアの風の高速魔法が、空を裂いて日輪を貫くと見せかけ、日輪は割れない。
「そんな、私の魔法が通らない……!?」
「リディア、下がって! それは……」
ユナが叫ぶ。
「概念武装だ! あの“日輪”は、存在そのものを象徴する魔法兵装――ただの術じゃない!」
アイゼンハワードが魔剣を握り直す。
「ならば、俺が斬る。この時空の理ごと、貴様の傲慢をな」
魔剣が再び咆哮を上げた。




