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【ランキング12位達成】 累計52万6千PV運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの過去編 ―魔界の貴族編』

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第9話 黙示の神殿 ― 罪の迷宮

空は、裂けていた。

まるで神の怒りが世界に刻まれたように、大気が悲鳴をあげている。


霊的構造が崩壊し始め、現実が軋む。時間と空間、理性と狂気の境界が溶け合い、空間そのものが"精神世界"に変質していく――その中心で、総本山《聖寂の門》が、巨大神殿のような姿に変貌していた。


その玉座に座すのは、大僧正ヴェイラス。


挿絵(By みてみん)


いや、もはや彼は人ではなかった。

彼の姿は、すでに宗教的偶像へと変わり果てていた。


幾億の信徒の祈りが結晶化したような光背ハローを背に、瞳には感情が宿っていない。無数の思念体が身体から浮遊し、天井や床、柱までもが脈打つように“彼の思考”と同期している。


「ようこそ、“審判”の間へ」


声は低く、しかし絶対の慈愛を装っていた。

だがその実、微塵の赦しも含まない冷たさに満ちていた。


突如として、アイゼンハワード、リディア、ユナの三人の意識が分断される。


全員が、別々の「精神の迷宮」に囚われたのだ。


■■■


ユナの迷宮《水鏡の告解》

ユナは、鏡に囲まれた空間にいた。


どの鏡にも、別の「自分」が映っている。


笑っているユナ、泣いているユナ、怯えているユナ、嘘をついているユナ――

だが、どれも本物だ。


「あなたは死者を“慰める”と言いながら、心では“利用”してた」

「救いたいんじゃない。あなたは“赦されたい”だけなんだよ」


「違う……私は……!」


霊媒として、彼女は何度も亡者を導いてきた。だがその裏で、

“見えすぎる”力に怯え、何度も誰かを拒絶し、時には嘘を重ねた。


母の魂を閉じ込めたのも、あの時自分の意志だった。

鏡の中のユナが、涙を流して微笑む。


「大丈夫。私たち、ずっと一緒よ。偽りのままで」


■■■


アイゼンハワードの迷宮《血宴の回廊》

「……なに、ここは……」


重厚な絨毯を踏みしめる音。

かつての魔界貴族の館を思わせるその空間には、至る所に生首と血の香が漂っていた。


壁には肖像画が飾られている。

かつてアイゼンが殺めた者たち――人間たちの顔が、口を裂いて彼に問う。


「お前は覚えているか? 我が子を焼いた時の悲鳴を」

「笑っていたよな? 公爵様。子供の頭を割ったその夜」

「“正義の制裁”と称して、我らを切り捨てたよな」


「やめろ……俺は、そんなつもりで――!」


懺悔は通じない。

この迷宮は“魂の奥底”に直接語りかける、過去の真実そのもの。


かつて魔界の伯爵として人間界を侵略し、「浄化」の名のもとに数千を虐殺した事実。それは義憤でも、任務でもなく、彼自身の中にあった“高慢さ”と“恐怖”ゆえの選択だった。


白髪が汗で額に張り付き、膝が震える。

誰より優雅に見せてきた男の仮面が、血の中に崩れていく。


■■■

リディアの迷宮 《崩壊の村》

リディアの前に現れたのは、崩壊する小さな村の風景。


弟・キールが瓦礫の下敷きになり、泣きながら手を伸ばしていた。


「ねえちゃん、助けて……!」


「ごめん……走らなきゃ、今助けを――」


「ねえちゃんっ、どこ行くの……!?」


リディアは振り返らなかった。助けを呼びに走った。だが戻ったとき、弟はもう息をしていなかった。


「お前は正義の戦士などではない。お前は見捨てた。臆病者だ」


「……うるさい……」


「自分の弱さから逃げた。そして今も、あの声を夜ごと聞いている」


「うるさいって言ってるのよォッ!!」


彼女が叫んだ瞬間、神殿の床に亀裂が走った。


■■■


大僧正ヴェイラスは三人の中心に立ち、両腕を広げる。


「罪は、消えない。贖いは、届かない。許されることなど」


「あるさ」


アイゼンハワードが、ゆっくりと立ち上がった。目元には皺、だがその瞳は紅く、燃えていた。


「罪は背負うものだ、坊主。誰もが間違う、だがな。間違いを悔いる者を、私は見捨てない」


「アルおじ……!」


「俺の名はアイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス!この命、貴様の“審判”なんぞで散らしてたまるか!!」


リディアも立ち上がる。

「私は、弟の分まで生きる。何度も、何度もやり直して、ようやくここまで来た!」


ユナも頷く。

「私は臆病だった。でも……今度こそ、守る!私が選んだ仲間を!」


神殿が震えた。


ヴェイラスの眼が、僅かに揺れる。


「……ならば、審判の儀式を始めよう」


彼が両手を掲げると、光と闇が交錯する巨大な魔法陣が宙に浮かび――

最終試練が幕を開けた。



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