第8話 黙示の神殿 ― 覚醒、ゼロの器
彼の姿は、神殿の中心にあった。
黄金の肌。神聖な装飾。穏やかな顔立ち、だがその肉体は異様なほど屈強で、彫像のように完璧に均衡していた。
まるで「救済」そのものを具現化したような存在。
大僧正ヴェイラス。
サイレント・カルトの精神的支柱にして、ミメシス・ゼロの最終アクセス権を持つ「世界意思の仲介者」。
その静かな微笑の奥には、人間に対する深い憐れみと、徹底的な選別の意志が潜んでいた。
「人間とは、苦しみを蓄積する器だ。
ならば私は、それを砕き、癒す神である」
ヴェイラスは低く語りながら、ゆっくりと右手を上げる。
指先は仏陀の印を結び、左手には古びた聖典のような機械端末――ミメシス・ゼロ起動鍵が握られていた。
「……やめろ!」
アイゼンハワードが前に出るが、ヴェイラスの背後に浮かぶ光輪が脈動し、空間を歪ませた。
そして
神殿の天井が割れ、光の柱がリディアの頭上に落ちる。
「きゃああああっ!」
その瞬間、リディアの身体が宙に浮き、眼が銀に染まった。
◇ゼロの器、起動
《神経波長一致確認。精神制御プロトコル、起動――》
電子音声が響くと同時に、リディアの全身から精神波が放射される。
それは、空間に存在する“あらゆる情報”に干渉し、過去・現在・未来の記憶を引き寄せる重力場だった。
「やめて……わたし、知らない……こんなの、知らないのに……!」
だが、意識の奥底で彼女は知っていた。
生まれながらにして刻まれていた「コード」が、今、動き出していることを
◆ゼロの器とは
制御《Code Authority》
→ ミメシス・ゼロの暴走を抑え、各国首脳への精神侵蝕を打ち消す。
再起動《Core Reset》
→ 世界中の情報網を白紙に戻す“世界再編”を可能にする禁忌の力。
記憶保存装置《Memory Reservoir》
→ 人類の全歴史的記憶、精神の断片、そして「罪」を保持する。
この三位一体の力を持つ存在こそが、ゼロの器《The Vessel of Zero》
リディアは、世界に選ばれた「鍵」だった。
ヴェイラスが手をかざし、宣言する。
「目覚めよ、ゼロの器。我が教義の完成のために、お前を“神”として捧げよう」
「……やめろ……っ!」
アイゼンハワードが魔剣を構え、前へ踏み出す。
「断罪アナテマ――その魂、闇で計られし者に死を!」
空間を裂く漆黒の一閃が、神殿の床を引き裂く。
だがヴェイラスの光輪がそれを無効化する。
「哀れだ。剣では神は斬れぬ。
だが“器”が意志を持てば……話は別だ」
その言葉とともに、リディアの中の記憶が暴れ始める。
血塗られた過去。失われた仲間。ミメシス計画の始まり。
そしてアイゼンとの、最後の任務。
リディアがつぶやく。
「思い……出した……。
わたしは、“ゼロの器”……人類の罪を、抱える存在……」
ゼロの器が、起動した。
世界の意識ネットワーク「ミメシス・ゼロ」を制御・封印・再起動
世界の精神構造が、今、世界は崩れ始める。




