第2話 地下都市と失われた設計図
パリ地下秘密都市。
その一角、封鎖された旧鉄道管理区画の奥に、鉄錆びた扉があった。
「コードNCC-404……くっだらねぇ隠し方しやがって」
アイゼンは小さく毒づくと、古い金属のパネルに魔力を流し込む。
ジジジ……と緑の閃光が走り、電子ロックが鈍い音と共に外れた。
扉の向こうは、まるで戦時中の研究所のようだった。
分厚い書類、カーボン紙、魔導回路のスケッチ。
棚には“開発番号:MZ-0”と書かれたファイルがずらりと並んでいた。
「……やっぱりな。“ミメシス・ゼロ”……まだ実在してたか」
アイゼンの表情がわずかに曇る。
それはかつて、彼が戦争の最前線で“使われる側”として恐れていた兵器。
記憶を書き換え、精神を複製・転送する禁断の術式兵器。
当時、それを止めるために血と泥の中を這い回った
あの頃の悪夢が、ゆっくりと蘇ってくる。
「誰が、今になって再起動しようとしてやがる……?」
そう呟いたそのとき。
背後で「カチリ」と銃の安全装置が外される音がした。
「動かないで。ここは立ち入り禁止区域よ」
冷たい声。
振り返ると、そこに立っていたのは一人の女だった。
黒と赤のコート、短く整った金髪、冷たい青い瞳。
背中には古いタイプの魔導ライフル。だが構えはプロのものだった。
リディア・フォン=ヴァルシュタイン。
だが、アイゼンはその名を呼ばなかった。
「……その構え、覚えてるぞ。だが……あんた、俺のこと忘れちまったのか?」
リディアの瞳が一瞬だけ揺れる。
「……なぜ、あなたの顔を見て胸が痛むのか分からない」
彼女の表情には迷いがあった。
銃口は確かにアイゼンに向いている。だが、引き金を引く気配はない。
その指は、まるで何かを思い出そうとするように震えていた。
「記憶、いじられたな……《ミメシス・ゼロ》で」
「ミメシス・ゼロ……それ、何?」
彼女の反応に、アイゼンは確信した。
“奴ら”はすでに彼女にまで手を伸ばしていた。
「リディア……お前は“あの日”ここにいた。俺と一緒に密約を交わしたろ」
「……わたしは……私は……!」
銃口が下がる。
その瞬間、天井から激しい振動が伝わった。
爆発音。火花。
地下都市の奥で何かが暴れ始めた。
「くそっ、来やがったか……!」
アイゼンは咄嗟にリディアを庇い、魔力の盾を展開。
頭上の崩落を避けつつ、彼女を抱えて物陰に飛び込む。
彼女は、ぽつりと呟いた。
「……あなた、誰……?」
アイゼンは息を整え、血まみれの額を拭うと、静かに言った。
「誰でもねぇよ。ただの、しぶとい魔族のアルおじさんさ」
崩壊する研究室の奥。
飛び散った資料の中に、一枚の図面が舞い落ちる。
そこに記されていたのは、
“精神転送コア《MZ-0:レヴナント回路》”の設計図だった。
それは、精神と記憶を完全にコピーする装置の“心臓部”。
そしてその設計には、明らかに魔族由来の文字が含まれていた。
つまり、この兵器は、人間だけのものではない。
“魔族の誰か”が関与している。
そしてアイゼンハワードは、それを知っている。
知っていたからこそ、いま、またここに戻ってきたのだ。
物語の核心が、静かに姿を現し始めていた。




