第17話 ラストエンペラー中編「ラストエンペラーの完全支配と精神汚染の戦場」
闇に染まる不夜城、玉座にて現実が塗り替えられる。
不夜城の玉座の間。
黒曜の石畳に支えられた空間は、冷たい沈黙と濃密な瘴気に満たされていた。
突如、ズズン……! と地響きが鳴る。
壁が割れ、歯をきしませるような音を立てて左右に開いていく。奥からせり上がってきたのは、無数の巨大な棺。すべて古代の封印術式で蓋をされた異形の装置だった。
ラストエンペラー・愛新覚羅が、玉座の頂に立ち、高らかに叫ぶ。
「千年の軍勢よ。我が影となれ」
直後、棺が一斉に開く。
その中から這い出すのは、黄土にまみれた人型の戦士――兵馬俑。
古代の霊素で再構成された土人形たちが、口から瘴気を吐きながら咆哮を上げる。
「うわッ、これ……数が異常すぎる!」
トンスジェンダーが聖なるハンマーを構え、敵の波に備える。
アイリスオオオヤマが計測を開始するが、スキャンが機能しない。「この瘴気……精神領域にまで干渉してる……っ!」
兵馬俑は、剣を抜き、盾を構え、古代の軍陣そのままに整然と突撃してくる。
最前線で前衛を務めるダイマオウが、真っ赤な闘気をまとい吼える。
「行かせねえ……ここは通さねえッ!」
“連舞・爆炎肘膝拳”
紅蓮の闘気が爆ぜる。肘、膝、拳の連撃が火のように閃き、兵馬俑を十数体粉砕。土の粉が空間を覆い、硝煙のごとき熱気が広がる。
だが。その土の粉塵の中から、同じ姿の兵馬俑が何度でも蘇る。
「な……っ!? 一撃で砕いたはず……!」
ダイマオウの足元で、砕けた兵馬俑の土片が集まり、新たな形を作っていく。
それは、霊素再構成による不死性。
さらに、土の中に封じられていた「呪詛核」が爆ぜ、黒い棘が左腕に食い込む!
「……チィ……!」
ダイマオウの左腕が赤黒く変色し、神経が焼かれるような痛みに耐えながらも拳を振るう。彼の呼吸は荒くなり、疲労の色が濃くなっていた。
そのとき、玉座の段が再び軋む。
ラストエンペラー愛新覚羅が一歩、静かに足を踏み出すと、虚空がバキィッと音を立てて割れ、何もない空間から黒い玉座が現れた。
「我が真の権威を見よ《虚無の王座》」
彼がその玉座に座すと同時に、空間が揺れる。地軸が傾き、天井と床が反転し、時間そのものが伸縮するような感覚が仲間たちを襲った。
《龍影万象波》現実そのものを、彼の意志で書き換える力。発動された瞬間、戦場は千の鏡に砕けたような幻覚世界へと変貌した。
「アイゼン……どこだ……? ……っ、トンラ……ジェン……?」
視界がぐにゃりと歪み、仲間の顔が敵に見える。
精神汚染フィールド、完全展開。
敵も味方も、自我を保てなければ同士討ちすら始まりかねない状況。戦場は最悪のカオスと化した。
混乱の中で、アイリスオオオヤマのシステムが異常を感知。錯乱した視界と敵識別の失敗で、彼女の意識が緊急防衛モードに切り替わる。
「遮断する……敵信号、排除完遂……」
彼女の右肩が開き、巨大なエネルギーブレードが展開。
暴走状態のままラストエンペラーへ突撃――だが、その刃は虚無に吸われるように停止。
「読み通りだ。君は自ら滅びへ向かう」
愛新覚羅が指を鳴らすと、アイリスの全身が光を失い、封印陣に縫い止められた。さらに、過負荷の影響で右腕の機構が爆発、火花を散らしてアイリスは倒れた。
残されたのは、玉座の側に立つ楊貴妃。
その紅の視線が、幻覚空間の中でアイゼンハワードを捉える。
「……アイゼン……。あなたは、私を捨てた」
アイゼンは静かに応える。
「違う。捨てたのではない……守れなかったんだ」
その言葉に、楊貴妃の目が揺れる。思い出すのは、炎に包まれたあの夜。信じていたはずの背中が、遠ざかっていったあの時。
「なら、どうして……振り返らなかったの? あの時……私、ずっと、待ってたのに……!」
涙が零れ落ちる。
そして、舞うように彼女は剣を構え、彼の喉元へと突きつけた――が、直前で剣先が止まる。
「……でも……私は、あなたを……もう憎みたくない……」
震える手、止まった刃。それは、彼女の心の奥に残った、かつての「少女」の証。
「ありがとう……それで十分だ」
だが、その瞬間、玉座の上から響く嗤い声。
「お前たちのくらだん茶番に、我が世界を乱される筋合いはない」
愛新覚羅の手が上がる。
「第二波《龍影万象波・改》、発動」
空間が再び砕け、さらなる深淵へと全員を引きずり込んでいく……!




