第1話 堕天使アザリエル
鉄と血のにおいが染みついた部屋。その中央に、冷たい鉄格子の檻が並ぶ。
「お願いです……出してください……誰か、誰かぁっ……!」
一人の若い人間の男が、震えながら檻の中で叫んでいた。足元には吐しゃ物、手には擦りむいた跡、瞳は恐怖に見開かれている。
「どうしてこんなことに……家に帰りたい……俺、ただ野菜を売ってただけなんだ……!」
男の隣の檻には巨大な蛇。その隣には、鋭い牙をむき出しにしたライオンが、ギラつく目でこちらをにらみつけている。
「始めようか、人間。」
低く、そして甘美に響く声が部屋を満たす。
現れたのは、黒いローブをまとい、闇よりも深い漆黒の翼を持つ堕天使アザリエル。
彼の瞳はまるで月のない夜空のように、絶望を映していた。
「や、やめろ……! 頼む、何をする気だ……!?」
「ふふふ……そう怯えなくても、すぐに済む。痛みも、苦しみも、すべて“悪魔合体の儀式”すれば消える。」
「悪魔合体い、儀式……!? やだ……俺は俺だ、誰とも混ざりたくないっ!!」
「お前の意見など意味がない!」
アザリエルは両手を広げ、宙に浮かびあがると、呪文を唱え始めた。
「闇の胎より生まれし獣よ、魂の核を結び合わせよ。
《ディアボリック・ユナイト》!!!」
激しい閃光と共に、蛇がのたうち、ライオンが咆哮を上げる。
人間の男の体が宙に引き上げられ、まるで糸で引っ張られるように3つの存在がぶつかり合った。
「う、うわああああああああああああ!!!」
「ギャオオオオオンッ!!」
「ズルルルル……シャァァァァ!!」
轟音と絶叫が響く。混ざりあう魂、ひび割れる意識。
男の顔がゆがみ、肉体が裂け、再構築されていく。
――そして、現れたのは、
ライオンのたくましい体、蛇のしなやかな尻尾、そして、どこかに“人間の苦しみ”が残る顔を持った、異形の存在。
「……っ、う、うぅ……オ、レ……俺ハ……」
モンスターは、自分の姿を見て震える。
「……な、なにが……俺……俺じゃない……こんなの、こんなの嫌だああああああ!!」
「フッ……ダメだな。」
アザリエルはため息をつくと、冷たい目でモンスターを見下ろした。
「人間の意識が残ってしまっている。失敗作だ。」
「やだ……やだやだやだ……助けて……助けてくれ……!!」
アザリエルは静かに指を弾いた。
「永遠の眠りよ、心を包め《ナイトメア》」
黒いもやがモンスターの頭上に現れ、それはゆっくりと、その苦悶の表情を覆っていく。
もがく身体は次第に力を失い、重く崩れるように沈黙した。
「処分しろ!失敗作は我が名誉に傷だ。」
堕天使アザリエルは何事もなかったかのように部屋を出ていった。
その先にあったのは、無数の魔眼が光る巨大なモニター。
そこには、魔王の司令官。悪魔王ガイアスの禍々しい姿が映し出されていた。
「アザリエル……勇者アルベルトたちが“星の塔”に向かっている。排除しろ。」
「……かしこまりました。我が主、ガイアス様。」
アザリエルは膝をつき、闇に染まった翼を大きく広げた。
「かつては天の高みにあった我が身……だが今こそ、地獄の力をもって正義を滅ぼす時!」
咆哮と共に、その身を空へと打ち上げる。
4枚の漆黒の翼が、空を裂いた。そして堕天使の悪魔の翼は空高く飛び立った。