第9話 決別と別れ
冷却システムが悲鳴を上げていた。
コード・オキナワ旧琉球列島地下に設置された、超大陸間弾道システム“天の裁き”の起爆モジュール。核融合エンジンが起動カウントに入ってから、残された時間はあと5分。
轟音と振動のなか、破壊された地下格納庫の瓦礫に囲まれて、九条イサムはゆっくりと笑っていた。
「ふふ、ハハハハア……いいだろう? この世界の終わりに、俺たちだけが立ち会えるなんてな……この絶望の先に、ようやく“静寂”が訪れるんだ」
「ふざけるな!」
キャサリンが叫んだ。肩を大きく揺らし、血まみれの端末をイサムに突きつける。
「これがコード・オキナワの実行キー……でも、生体音声認証パスコードが必要よ! アンタしか止められないのよ!」
しかし、イサムはその場に胡座をかいたまま、煙草を咥え、目を細めてアイゼンハワードとキャサリンを見た。
「コード・オキナワ。地球人口の74%を削減する、私はリセットボタンを押さない。私はその目撃者となる」
「……どうせ、また別の戦争が始まるだけだ。どれだけ技術を積み上げようが、人類はゴミを生み出し続けるんだ。お前たちギアチルドレンもな」
唇を歪め、イサムは呟く。
「お前らの“感情”なんざ、バグにすぎねえんだよ……兵器のくせに、意志だの、希望だの、虫唾が走る」
その言葉に、ギアチルドレンの一人、プロトタイプG-03《ミア(悲哀型)》が小さく震えた。
「それでも……わたしたちには、意味がある」
「意味だぁ? お前たちは“兵器”なんだ。意味など最初から存在しねえよ」
すると、もう一人、G-02《ノイン(戦闘特化型)》が前に出た。顔は血と油にまみれ、半壊したマスクの奥から赤い眼が覗く。
「意味は……自分で決めるんだ」
キャサリンが震える声で言った。
「……もう時間がない。誰かが、あのロケットで管制中枢に乗り込まないと。手動で“天の裁き”の起動を止めるには……宇宙へ軌道修正しに、行くしかない」
そのときだった。
「オレたちが、行くよ」
G-01《ユウマ(模倣学習型)》が、壊れたアームを引きずりながら言った。
「え……?」
キャサリンが目を見開く。
「僕たち、ずっとアイゼンハワードを見てきた。立ち上がって、また倒れて……それでも人を守ろうとして……その姿に、命の意味を教わった」
「だからこそ……この命で、それを証明したいんだ」
アイゼンハワードが必死に体を起こそうとする。
「待て……行くな……それは命を捨てることだ……!」
「あなたが教えてくれたんだよ、“命は使うためにある”って」
ユウマが静かに笑った。
そのとき、ノインが叫びながら突進した。
「あなたじゃ宇宙船操縦できないでしょ、これ以上は止められない……!!」
バキン!
アイゼンハワードの脚が砕けた。
アイゼンハワードの足が、ノインの一撃でへし折れたのだ。
「ぅああああッ……!」
地に伏すアイゼンハワードに、3人のギアチルドレンが背を向けて走り出す。
「止めないで、……これは、わたしたちの選択なの」
カウントは残り2分30秒。
イサムは嗤った。
「くだらねえ、茶番だな……兵器のくせに感情ごっこか……結局、お前たちは俺の作ったプログラムで動いてんだよ!」
「違う……あなたに創られた命じゃない」
振り向かず、ミアが言った。
「私たちの3人の心は、つながっている。」
ロケットの発射口に飛び込む3人のギアチルドレン。
その背に、ボロボロのアイゼンハワードが涙を流しながら叫んだ。
「やめろォォォ――ッ!!」
だが、彼らの決意は変わらない。
ロケットの扉が閉まる。
そして
ゴオォォォォォン!!!
轟音とともにエンジンが点火して、宇宙へと飛び立つ。
命を託し、未来へ向かって。
ギアチルドレン搭乗のロケットが、天を突き抜けていく。
まるで希望の火のように。
夜空に光が咲いた。
そして、地球での爆発は……起こらなかった。
地球は、救われた。
しかし、彼らの姿はもう、戻ってはこなかった。
静寂の中、アイゼンハワードのかすれた声だけが響く。
「……ありがとう……ギアチルドレン……」
その声は風に消え入りそうに弱く、けれど確かに震えていた。
「……お前たちは、未来を……この手には届かない場所まで……運んでくれた……」
目に浮かぶのは、笑い合う3人の姿。
「私が守るべきだったものを……お前たちが、守ってくれたんだな……」
一筋の涙が、頬を伝う。
「すまなかった……そして……ありがとう。お前たちは……最高の子供たちだった」
彼は静かに膝をつき、空を見上げた。
「また、どこかで会おう。今度は……ちゃんと、笑って」




