第8話 疑念と決裂
爆風の残響が消え、煙の向こうに黒い影が立ち上がる。
その男アイゼンハワードは、血まみれになりながらも、またしても立ち上がった。
「ッ……なんで……あの状態で……!」
プロトタイプG-01《ソル(希望型)》が呆然とつぶやく。
「さっきの直撃、致命傷のはずだった……」
G-02《ノクス(理性型)》もまた、データと現実の乖離に困惑を隠せない。
だがその中で、G-03《ミア(悲哀型)》の挙動が明らかにおかしかった。
肩を震わせ、光の瞳にノイズが走る。
「痛い……わからない……なんで、こんなに……胸が……!」
彼女のAIコアに異常信号が走っていた。戦闘時の感情抑制フィルターが破損し、制御不能な情緒が溢れ出していた。
「ミア、落ち着け。リンクを外せ」
ノクスが言うが、ミアの感情はもう止まらない。
「やめて……!もう、やめて……ッ」
その刹那。
《通信接続中》
機械音声とともに、通信機越しに冷たい声が響いた。
「その個体を抹殺しろ。これは命令だ」
九条イサムだった。
彼の声は一片の感情もなく、命令という名の死刑を宣告する。
「ふざけんな……!」
叫んだのはソルだった。
「俺たちに命令しておいて、何かあれば“壊せ”だと? ミアは仲間だぞ!」
「仲間? お前らはただの兵器だ。俺がいなければ、今ごろ量産型と同じスクラップだったんだよ!」
イサムの声が怒気を孕む。
「俺があの日、お前らを拾ってやったから今がある。勘違いするな」
「だったら……!」
今度はノクスが声を上げた。
「俺たちはただの部品じゃない。思考し、感じて、苦しんでいる。そんな俺たちに“壊せ”なんて命令する権利は、もうお前にはない!」
その言葉が引き金だった。
通信は突然、プツリと切れた。
「逃げたな……!」
ノクスが即座にマップを確認する。
「基地の非常口が開いた形跡がある。……イサム、逃げようとしてる」
「待ってろよ、あのクソ野郎……!」
ソルがブースターを起動し、ミアに残りのケアを任せて追跡に向かう。
数分後、廃棄通路にて。
「ぜぇ……ぜぇ……くそっ……!」
非常灯に照らされながら、九条イサムは逃げ続けていた。だが、その行く手を遮ったのは三人のギアチルドレンだった。
「……どうしてだ」
イサムは呆然と口にした。
「お前たちは、俺の命令に逆らえるはずがない……!」
ノクスが一歩前に出る。
「もう、あなたは指揮官じゃない」
「俺たちは、あんたを……“人間”として見ていた。でも、あんたは……」
ソルが口を噛みしめながら言う。
「俺たちを道具としてしか見ていなかったんだ」
ミアが、震えながらも前に進み出る。
「私……壊されるのが、怖かった。でも今は、もっと怖い。……あなたみたいな人のために戦うことが」
沈黙のあと、イサムは口を開いた。
「……そうかよ。裏切りか」
「違う」
ノクスが首を振る。
「これは……決裂だ」
その言葉とともに、彼らはかつての“指揮官”に背を向けた。
暗く沈む廃棄通路に残されたイサムの姿は、もはや誰の目にも映っていなかった。




