第5話 終わりのプログラム
火口の最深部。
青白い照明が地下の霧を浮かび上がらせ、現実味のない夢のような空間を形づくっていた。
九条イサムの肉体は、もはや“人”のそれとは言えなかった。
頭部には神経インターフェース装置、背中にはコードを束ねた金属脊髄が伸び、胸元には液晶と生体素子が融合していた。
「コード・オキナワ・システム……いよいよ起動のときだ」
彼の目は赤く光り、機械と意識をリンクさせながら、黒曜石の台座に浮かぶ神経干渉装置に精神を接続しようとしていた。
「人間の感情。それは不安定なバグだ。憎しみ、差別、恐怖、利権。情報の波がそれを助長する。ならば我々がそれを“上書き”すればいい」
アイゼンとキャサリンは、肩を並べてその姿を見据えていた。
傷ついたキャサリンの目に、揺れるものはない。
「……本気なのね、イサム。あなたはもう、戻れない」
アイゼンが声を低くして問いかけた。
「なぜ、そこまでして世界を支配しようとする?」
その問いに答えるように、九条の目がふと遠くを見る。
そして、かつての記憶が脳裏をよぎる。
■■■過去への記憶
かつてのトキオー、荒川沿いの廃倉庫
夜明け前の空の下、九条イサムは煙草をくゆらせながら、若き日のアイゼンと向かい合っていた。
「この国には影が必要なんだよ、アイゼン。光だけじゃ国家は立たない。
見えない戦争を制するのは、見えない兵士だ」
彼の言葉には、熱があった。
零課の任務、法の外で動き、誰にも感謝されず、時には自国民すら犠牲にする影の戦士たち。
だがその“影”も、政治的都合の一言で抹消された。
九条も、仲間も、そして存在そのものが。
国家は彼を捨てた。
いや、“構造”そのものが、不要になったと判断した。
その瞬間、九条の忠誠心は「国家」から「秩序」へと形を変えた。
世界を、人類そのものの設計図を、情報で“再構築”する。
それが彼の選んだ、唯一の信仰だった。
■■■
「私の正義は変わっていない、アイゼン。ただ“人間”という存在に、絶望しただけだ。思考を統一し、共感と服従を情報から注ぎ込む
それがProject YAMI。
私の“終わりのプログラム”だ」
アイゼンは無言でギロティーナを抜く。
黒い刃が青く脈打ち、重力場を歪める。
「貴様の言葉に、俺は一度耳を傾けた。だが今、お前が作ろうとしているのは支配だ。魂の監獄だ」
キャサリンが、アイゼンの背後から囁く。
「イサムのシステムに侵入できるかもしれない。数秒でも制御を止められれば、ギロティーナで装置を破壊できる」
「できるか?」
「やってみるしかないでしょ。あんたのしつこさに賭けるわ」
「任せろ。……もう一度、あいつを殺す」
九条が静かに歩み出る。両手に、オリハルコンのナイフが光る。
「さあ来い、亡霊。君を超えて、私は神になる」
アイゼンが剣を振り上げた瞬間、キャサリンがシステムに飛び込む。
数秒いや、一瞬でも時間を稼げばいい。
そして、剣とナイフが激突する。
重力を断つ黒の斬撃と、物質そのものを分断するオリハルコンの閃光。
かつてトキオーの廃倉庫で語り合った2人は、いまや世界の命運を賭けて斬り結んでいた。




