第16話 世界の最後の選択 (中)
時の扉が軋むように震え、空間の縁が歪み始めていた。
残された時間は、わずか10分。
Dr.ノアいや、《実験体999号 ノア=オーバーマインド》は、人間でも機械でも神でもない、あらゆる境界を超えた“超存在”として現界していた。
「これが……完全融合体か……」
アイゼンハワードは、かつての姿を完全に脱ぎ捨てていた。
その身に宿るは雷と闇、そして北欧神の智慧。《魔獣ライカントロス》の本性を制御し、今まさに“戦神オーディン”としてこの場に君臨していた。
彼の手に握られた魔槍
神槍運命を穿つ槍
「グングニルよ、我が意を知れ」
赤く輝く穂先、神のルーンが刻まれたその柄。
それは北欧神話の主神・オーディンが振るう、命中率100%を誇る神槍。投げれば必ず標的に命中し、敵を貫いた後は、持ち主の手元へと戻るという自動帰還の神秘を秘めていた。
その素材は、神話において世界樹の枝から削られたとされる。戦の宣言として、オーディンが最初に投げたと伝えられる“運命の槍”──まさに神話の象徴。
グングニルを掲げたアイゼンハワードが空を駆ける。
一方、レイラ。
翼を広げ、天光に包まれたその姿は、天上界の最後の“使”であった。
彼女の手にあるのは、天界における唯一の剣。
聖剣神の光を宿す剣
「聖なる刃よ、神の御前に戻らん……」
《ルミナ・エル》天使アリエルの象徴であり、天界最古の神聖剣。神の玉座の前に捧げられていたその剣は、光そのものを斬り裂く。
聖なる火による浄化効果を持ち、闇に染まった魂をも解放する力を持つ。
レイラは、まさに“神の正義”そのものとなって、《ノア=オーバーマインド》へと突進した。
「オオオォォォォォンッ!!!」
空間を破壊する咆哮とともに、《ノア=オーバーマインド》が触手の嵐を繰り出す。身体は機械と有機の中間、無数のコアがむき出しで脈動していた。
「《グングニル・ストーム》ッ!!」
アイゼンハワードの一投。無数の雷を纏ったグングニルが空を裂き、次元の狭間すら貫いてノアのコアを穿つ。
だが
ズォォォン……!
破壊されたかに見えたコアは、すぐに再生し、怨念のようなエネルギーを逆流させてきた。
「通じていない……!?神の槍すら、再生するのかッ……!」
レイラの《ルミナ・エル》も、幾度もノアの身体を斬り裂いた。だが、その光の刃はノアの深層部に届かない。
「……このままでは、世界が……!」
その時、ドクター・ノアの声が響く。
「残された時間は、あと三分だ。」
「時の門が完全に開かれれば、全ては無に帰す。過去も未来も、存在も意志も消滅する」
「……それが、私の選択だ。進化の先には、無こそがふさわしい」
天界と魔の力をもってしても、《ノア=オーバーマインド》には致命傷を与えられない。
アイゼンハワードは荒れ狂う力を制御しながら叫ぶ。
「ダメだ……レイラ、止められない!」
その時だった。
レイラの表情が、静かに変わった。
「……だったら、私が行く。」
「……レイラ?」
「私には《光神核》がある。天界が最後に託した……神の心臓よ」
彼女の胸元に浮かぶ、純白の結晶。それは光そのものの記憶であり、破壊と再生の鍵。
「この神核で、時の門の向こう側へノアごと飛ぶ。これしかないわ」
「……それは、君自身が……!」
レイラは微笑む。
「大丈夫。私は“使”だから。神の命を運ぶ者よ」
扉の向こうで、《ノア=オーバーマインド》が何かを察知し、触手を振り上げた。
「いけない、来るぞッ!!」
レイラは叫ぶ。
「アイゼン……ありがとう。あなたに会えてよかった」
その瞬間、光神核が膨張し始める。
特攻の準備が整った。




