第12話 魂なき監視官
暗い森に、静かな緊張が張りつめていた。
濃密な霧の中に、鋭い気配が浮かぶ。
枯れ枝を踏む音一つ、咳払い一つ、命を落とすには十分すぎる夜だった。
ザガード魔王直属の処刑官。
鋼鉄の仮面の奥には、感情の一滴もない。
そこにあるのは、「命令を遂行する」という、無機質な意志のみ。
彼は、静かに口を開いた。
「ギアチルドレンG-04。命令を再送する。
裏切り者・アルを抹殺せよ」
さっちゃんの瞳がわずかに揺れた。
その手には、かつて魔王から与えられた黒刃が握られている。
「……アルは……裏切ってなど、おらぬ」
「命令に背く者はすべて裏切り者だ」
ザガードは一歩、霧の中から現れる。その黒い外套が地面を這い、森を冷たく染めていく。
「貴様の“感情”は、機能障害だ。ギアチルドレンに“心”は不要。記憶の誤作動が、判断を狂わせている」
「それでも、わしは……あの人を守りたい」
「……ならば、“処分”対象は二人に増えるだけだ」
刃を振るうでもなく、ザガードの声には何の揺れもなかった。
まるで、落ち葉を掃除するような無関心さで。
「さっちゃん、下がれ」
アルが前に出る。肩は傷つき、魔力は限界に近い。だが、その目はまだ戦意を灯していた。
「ザガード、おまえの正義には、心がない。機械のように命令を繰り返すだけで、人を裁く資格などない」
「貴様に“裁き”を語る資格はない。かつて我らを捨て、人間界に逃げた裏切り者が」
ザガードの手に、呪術の紋章が浮かぶ。地面が黒く染まり始める。
「じゃが、わしは逃げてなどおらん」
アルは拳を握る。「選んだんじゃ。人間も魔族も、どちらかに染まることをせず……おまえのような“魂なき監視官”にならんことを」
その瞬間、ザガードが動いた。
空間を断ち割る黒刃。さっちゃんの前に飛び出したアルが、その一撃を受け止める。
「アルッ!!」
衝撃で吹き飛ばされながらも、アルは微笑んだ。
「さっちゃん……選ぶんじゃ。命令じゃない、“おまえ自身の意志”で」
「黙れ」
ザガードが冷たく言う。
「意志で動く者など、制御不能のバグにすぎん。貴様のような異端者は、存在そのものが害悪だ」
そして、次の瞬間
ザガードの刃が、さっちゃんの胸元を貫いた。
「……!」
「ギアチルドレンG-04、これで貴様も処理対象だ。任務は失敗と見なす」
さっちゃんは崩れ落ちた。
しかし、その目は死んでいない。むしろ、初めて“生きている”光を宿していた。
「ザガード……」
アルがさっちゃんを抱えながら、血を滲ませた声で言う。
「もう、貴様のようなやつを……この世に生かしてはおけん」
静かな森が、魔力の奔流に震え始める。
魂を持つ者と、魂を否定する者。
意志をもって背く者と、命令に従い続ける者。
運命を懸けた一騎打ちが、ここに始まる。




