表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ランキング12位達成】 累計57万5千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

398/1396

第10話 感情の練習と人間観察

逃亡の最中、アルとさっちゃんは小さな村に辿り着いた。

その村は山間のほとりにあり、街道から離れているせいか魔王軍の手も届かない“忘れられた地”だった。


アルは言った。


「ここで少し休もう。ついでに、“観察の練習”もするぞ」


「……かんさつ?」


「そう。人間の“感情”を見て、学ぶんだ」


村には市が立ち、子どもたちが走り、老婆が干し野菜を並べていた。

酒場では酔っぱらった男たちが笑い、若者たちは声をひそめて恋の話をしていた。


さっちゃんは、そのひとつひとつを見つめた。

皺くちゃな老婆が笑うと、目尻に深い線ができる。

男が怒ると、手が震え、声が荒くなる。

少女が泣けば、周囲の人間はすぐに駆け寄って慰める。


「……表情が変わるんだな」


「そうだ。人間は感情によって、顔も声も動きもすべてが変わる。

それがコミュニケーションになる」


「でも、なぜそんなことを……」


「感情は人をつなぐ道具だ。怒ることで自己を守り、悲しむことで傷を癒し、笑うことで関係を築く。

感情は、“どう生きるか”を決めるためにあるんだ」


その夜、村の広場で即興の祭が開かれた。誰かが酒を持ち寄り、誰かが太鼓を叩き、子どもたちが踊った。


アルは言った。

「さっちゃん、おまえも踊ってこい」


「無理だ。そういうのは――」


だがそのとき、子どもたちのひとりがさっちゃんの手を引いた。

「ねえ、お姉ちゃんもいっしょにやろうよ!」


さっちゃんは戸惑いながらも輪に入り、小さく、ぎこちなく、足を動かした。

笑い声の中にいた。汗と歌の中にいた。


気づけば、彼女の頬にはほのかな紅が差していた。

口元が、自然と、ふわりと、笑っていた。


「アル……これが、“よろこび”?」


遠くから見守っていたアルは頷いた。

「そうだ。今、おまえは“喜び”を感じてる」


「……これで揃ったんだな」


「そうだ。怒って、悲しんで、恐れてそして、今、笑った。

おまえはもう、“感情のある存在”だ。さっちゃん」


その夜、星空の下でさっちゃんは初めて、自分からアルに話しかけた。


「もっと、知りたい。もっと、人間のこと。感情のこと」


アルはその言葉に微笑み、言った。


「よし。じゃあ次は、“感情を使って何かを選ぶ”練習をしようか」


旅は、まだ続く。

けれどさっちゃんの中に芽生えた“心”は、確かに前へと進んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ