第9話 魔王の裁きの勅令
王座の間は闇に包まれていた。
空間そのものが呻き、天井から吊るされた“哭く心臓”が、ズゥゥン……ズゥゥン……と重苦しい鼓動を響かせている。
玉座に君臨するは、魔王ガルヴァ・ネクロデス。
全身を漆黒の甲冑で覆い、顔すら見えぬその存在は、ただ“圧”そのものであった。
その目前にひざまずくのは、粛清執行者ザガード・メル=ファング。
長い銀髪が床に散り、彼の表情には興奮と怒気、そして忠誠が入り混じっている。
「陛下。報告いたします。」
ザガードの声が響くと、空気がわずかに震えた。
「アル=アイゼンハワード中佐が、ギアチルドレン第4号“Lilith Byte”を伴い、命令なく魔界を離脱。人間界旧領に潜伏中と見られます。」
沈黙。
ザガードは眉一つ動かさず、続ける。
「彼は“ギアチルドレン4号”に対し、明確な感情的愛着を抱いております。かつて我らが破壊と死を刻むために生み出した戦闘兵器に、です。」
「ふむ。」
魔王の甲冑の隙間から、骨のような手が現れる。
その手が宙を握ると、空中に巨大な魔紋が現れた。
「粛清対象:アル=アイゼンハワード。執行形式:“魂の処刑”。」
紫黒の魔紋がゆらめき、数千のルーンが一斉に魔界中枢へと広がっていく。
「その魂、記録からも削除せよ。“存在”そのものをこの世界より抹消せよ。」
ザガードの口元がゆがんだ。
「仰せのままに。奴の魂、私がこの手で断ち切ってみせましょう。二度と裏切りの火種を残さぬように。」
魔王はザガードの方へ、わずかに首を傾ける。
「ただし」
その声は、すべてを凍らせるような冷気を帯びていた。
「……今回は貴様に“情”が入りすぎていないか? ザガード。」
ザガードの背中に一瞬、冷たい汗が走った。
「……恐れながら、忠誠の証にございます。」
「ならば、見せてみよ。裏切り者を裁く、正義の刃を。」
「はっ……!」
ザガードは立ち上がり、背に仕込んだ漆黒の剣“レクイエム・ファング”を抜き放つ。
「正義と粛清をその胸に、ザガードよ。我が魔王軍の爪たるにふさわしくあれ。」
「御意。」
その瞳には、確かに宿っていた。
かつてアルと共に戦った“仲間”としての微かな哀しみ、
それを遥かに凌駕する、“魔王の刃”としての狂気が。
そして、その空の遥か上空。
漆黒の魔翼をはためかせ、ザガードが地上を見下ろしていた。
「さあ、アルよ……お前の正義とやら、今ここで終わらせてやる。お前が二度目の裏切りを選んだその時から、貴様の運命は決まっていたのだ。」
ザガードは、魔剣を抜く。
その刃からは、かつてアルが自ら設計した“魂の殺戮術式”が禍々しく煌めいていた。
「皮肉なものだな。貴様が作った術式で、貴様の魂を斬る……これぞ正義だ、アイゼンハワード!」
物語は、裁きの時を迎える。




