第8話 背徳の決断
夜の廃村。
もはや地図にも載らぬその場所で、アルとさっちゃんは焚き火を囲んでいた。
「息を殺せ。来るぞ、あいつらは“殺しに”来る」
アルの言葉に、さっちゃんの義眼がわずかに光る。
魔界暗殺部隊《黒牙》
その名を知る者は震え上がり、口を閉ざす。
彼らは粛清専門の“影”、忠誠の代わりに全感情を捨てた、殺しの機械。
木々がざわめいた瞬間
ドンッ!!
爆風と共に廃村の一角が崩れた。
屋根から飛び込んできた影が、巨大な鎌を振るう。
「標的確認、アル=バレト。並びに、回収対象・個体“さっちゃん”。排除開始」
黒装束の暗殺者。仮面には“零”の文字。
その背後には十名を超える影が、次々と降り立つ。
「……ようやく来たか、“ザガードの牙”ども」
アルの剣が抜かれる瞬間、村に青白い閃光が奔る。
殺気が交錯した。
暗殺者の一人が刃を投げる。
アルは回避
「さっちゃん、離れろ!」
「いいえ、わたしも戦う……!」
さっちゃんの眼が赤く光る。
背中から展開するのは内蔵式重装クロー。
火花と共に超振動爪が唸る!
一撃。
暗殺者の仮面が砕け、顔面が裂けた!
「この感覚……わたしは、守りたい。アルを、殺させない!」
さっちゃんは人間のように叫びながら、跳ぶ!
木を蹴り、敵の頭上を奪い、重力を無視した動きで回転
右腕の爪で背中を切り裂き、左脚で首をへし折る!
一方、アルは背後からの刺突を読み、剣で受け流し反撃!
「技量が足りん、“命を奪う”には」
一閃。敵の首が宙を舞った。
暗殺者たちは無言で動く。感情は皆無――
だがそれゆえに、容赦も慈悲もない。
2対10。
圧倒的不利の中で、アルとさっちゃんは互いを庇い合いながら戦った。
刃の嵐の中で
「アル、背後――!」
さっちゃんがアルを突き飛ばす。
代わりに自分が深く斬られる。
「さっちゃんッ!!」
血に似た赤い冷却液が吹き出す。
しかし、彼女は立ち上がる。
「わたしは……命令で動く機械じゃない」
次の瞬間、彼女の義眼が虹色に変わった。
オーバーライド・モード解放
「“アルを守れ”、それがわたしの最優先目標!」
圧倒的な速度で敵に肉薄、二体、三体を一瞬で切り裂く。
アルもまた、本気の剣で敵を断ち続ける。
最後の一人。
仮面の“零”が手榴弾を構える。
「道連れだ」
「させるかッ!!」
アルとさっちゃんが同時に飛ぶ。
爆発。そして、火花の嵐。
煙の中、ふたりは立っていた。
仮面の破片が地に落ちる。
暗殺隊《黒牙》、壊滅。
夜明けの中で
さっちゃんの頬を、何かが伝う。
「……まただ。目から、水が……」
アルはそっと、その頬に手を伸ばした。
「それは、涙だ。誰かのために命を賭けたときに流れるものだ」
「わたし……泣いてるの?」
「おまえのためなら、わしはもう、命令すら斬る」
その言葉に、さっちゃんは微笑んだ。
涙をこぼしながら、初めて心から笑った。
朝日が、ふたりの背中を照らす。
“逃げ続ける者”ではない。
“戦って生きる者”として、彼らはまた歩き出した。




