第7話 ザガードの牙
魔王城、監視塔
黒曜石のような空間に響く靴音。
それは規則正しく、冷たく、まるで死刑執行人の足取りのようだった。
「……貴殿の言動は、再び裏切りの兆しを孕んでいる」
低く、獣のような声が静寂を裂いた。
現れたのは、魔界治安統括監視官ザガード・メル=ファング。
鋼の牙を持ち、黒い軍服をまとった狼頭の男。
かつてアルが“ティアラ姫暗殺を阻止した”とされる事件の調査官でもある。
「アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。貴様の監視体制を本日より強化する」
「……好きにしろ」
アルは無感動に答えた。
すでに彼から“情”と呼ばれるものは削ぎ落とされている
そう、周囲の誰もが信じていた。
だが、ザガードは違った。彼だけは見逃さなかったのだ。
ギアチルドレンさっちゃんの、戦場での異常行動。
無抵抗の民間人への攻撃遅延。
そして、アルが彼女にかけた、あの言葉。
「命令に従うだけがすべてではない……? 貴様、何を吹き込んだ」
ザガードの声には確かな怒気がにじんでいた。
そして、咆哮のように言い放つ。
「その少女型ギアは“武器”だ。感情など不要。
それを揺らがせた責任、取ってもらおうアル、貴様の存在そのものが魔界秩序への反逆だ!」
彼は即座に、魔界密偵部隊をアルに送り込む。
罠の設計は緻密だった。
アルがかつて戦場で助けた人間の少女その生存を匂わせる偽情報。
「居場所を教えよう」と囁く密偵の言葉。
それを口実に、“人間との共謀”という大罪に仕立てるつもりだった。
だが、ザガードは知らない。
アルがすでに“次の裏切り”を始めていたことを。
夜。誰もいない訓練場にて。
さっちゃんが問う。
「アル……どうして、最近ずっと空を見てるの?」
「……お前を、ここから出す方法を考えている」
「え?」
アルは感情の欠片もない瞳で、彼女を見つめた。
「お前には、ここにいる資格がない。“命令を守れないギアチルドレン”など、すぐに廃棄される」
「でも……わたし、アルに命令されたから、考えたんだよ……」
「……皮肉だな」
そう言って、彼はわずかに微笑んだ。
それは痛みを隠すような、苦い笑みだった。
「次は、俺の番だ」
“裏切り者”アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウスは、再び牙を剥こうとしていた。
魔界そのものに。




