第5話 黒魔術師マーリンの予言
星辰の間
魔界最深、時の流れさえ鈍る静寂の聖域。
天井から吊るされた数多の光玉が、ぼんやりと宙に浮かび、世界の真理を語るように瞬いていた。
中央に据えられた巨大な水晶球は、澄んだ氷のような光を湛え、そっと呼吸しているかのようだった。
マーリンは静かに目を閉じた。
長い銀髪が、風のない空間にゆるやかに揺れる。
「……いざ、開け。運命の渦よ」
白く細い指が、水晶の表面をなぞる。
すると球体が淡く青白く光りはじめ、内側に波紋が走った。時の湖に、小石が落ちたかのように。
しばし、沈黙。
やがて、マーリンの眉がぴくりと動く。瞼が開かれ、眼差しが凍りついた。
「……これは……まさか……」
水晶に映るのは、アイゼンハワード。
かつて血塗られた伯爵と呼ばれた男が、再び剣を握り、血塗られた道を進む光景。そして、その背に、少女G-04 リリス・バイトさっちゃんの姿。
「アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。あなた……再び魔族を裏切りに手を染める未来が、はっきりと視えたわ」
その時、水晶の波紋が二重、三重に重なり、別の像を結ぶ。
今度はさっちゃん。まだ人間の感情に無垢な、無表情の少女。
マーリンの喉がわずかに震える。
「……この子……これは……何?」
水晶球が突如、白銀の光に包まれ、聖域全体を明るく照らした。まるで神の御座に近づいたような、荘厳な輝き。
「《救世の女神》……? この少女が……?」
像の中で、さっちゃんは涙を流していた。誰かを庇い、誰かのために祈り、誰かのために微笑む未来。
「そんな……まさか……ギアチルドレンで作られた彼女が……?」
マーリンはふと気づいた。自分の心が、初めて“占いの結果”に揺らいでいる。
確率ではない。予兆ではない。これは確かな“可能性”だ。
その時、背後に現れたのはアルだった。
「マーリン。俺を呼んだか」
「……占いの結果を、あなたに伝える義務があると思って」
マーリンは振り返り、静かに告げた。
「未来は、あなたが再び裏切りの剣を握ると告げている。……今度は、誰かの命令ではなく、“あなた自身の意志”で」
「……そうか」
アルは目を伏せる。
マーリンは続ける。
「そしてもうひとつ。あなたの傍らにいる少女――さっちゃん。
……彼女は、滅びゆくこの世界を救う《女神》になるかもしれないと、占いに出たわ」
「……それは、皮肉だな。人が作った兵器が、世界を救う女神になるなんて」
「ええ。私も信じたくない。だけど――」
マーリンの瞳が真っ直ぐにアルを見据える。
「あなたたちの未来は、もう“予定された終末”の外にある。
今のあなたがどう動くかで、星の運命すら、変わってしまうかもしれない」
「なら……俺が何を選ぶかは、まだ“未定”ってことか」
アルの言葉に、マーリンはふっと目を細め、わずかに微笑んだ。
「……あなたとまた、将来会う予感がするわ。その時、私たちは敵か味方か……それすら、この占いには映らなかった」
静寂が、ふたりの間を包む。
その夜、マーリンは星辰の間で独りつぶやいた。
「……ギアチルドレンの少女に、心が宿ったのなら。
この世にもう、予測不能の奇跡が起き始めているのかもしれないわね」




