第10話 帝国と王国、最後の戦い 序幕
鐘が鳴っていた。
それは希望の音ではなく、「闘いを告げる鐘」。
王国軍の総指令部がある南の城塞《バリュスト要塞》。
そこに、ついに帝国の大軍勢が姿を現したのは、秋の初めだった。
白銀の甲冑で統率された帝国騎士団。
戦象部隊、砲撃部隊、空軍まで備えた“精鋭の獣”。
彼らは無言のまま、隊列を整えていた。
対するは王国。
兵の数は半分。
物資も細い。
だが、士気だけは高かった。
なぜなら、そこには王女、ティアラ姫がいたからだ。
開戦初日。
王国軍はよく持ちこたえた。
ティアラ姫を中心に構築された防衛戦術は、
帝国の猛攻をたしかに防いだ。
投石、罠、火計
アルを含む戦術参謀たちの働きもあって、
帝国は思ったより早くの勝利を得られず、焦りはじめた。
城壁上からは勝利の声も上がる。
「我らには姫様がついている!」
「帝国などに、心は奪われぬ!」
その声に、ティアラ姫はかすかに笑った。
だが、それは“最初の数日”の話。
10日目。
物資輸送隊が帝国に焼かれる。
13日目。
水源に毒が撒かれ、飲料が制限される。
15日目。
要塞の外で採れる食料は尽き、
保存食だけで兵たちは飢えを凌ぐ。
兵士たちの顔は、次第に青ざめ、
口数が減り、夜になると咳と呻き声だけが木霊した。
「……昨日、また二人、栄養失調で倒れたらしい」
「もう、三日も塩漬け肉しか口にしていない……」
ティアラ姫は、毎朝欠かさず見回りを続けた。
だがその顔にも、隠しきれぬ疲労が滲み出していた。
25日目の夜。
北門が突破された。
帝国の精鋭部隊《灰騎士団》が、夜陰に紛れて強行突入。
王国軍は応戦するも、兵数の差と疲労は否応なく響いた。
「ぐあっ……!」
「北の壁が破られましたッ!!」
ティアラ姫は、全軍を鼓舞するため自ら馬にまたがる。
燃えさかる北門の炎の前で、剣を掲げて叫んだ。
「怯えるな!この地こそが我らの家だ!
私は逃げない!一歩も退かぬ!!」
兵たちは声を上げた。
だがその目に、確かに影があった。
アル=アイゼンハワードは、指揮本部で唇を噛んだ。
(このままでは……)
(姫は……王国は……)




