第6話 真実に近づく者
「……貴様、どこで剣を学んだ?」
訓練場の朝、
兵団長ベルクは、肩に剣を担いだまま、じっとアルを見つめていた。
灰色の髪に、獣のような目。
王家直属の最古参。軍の頭である男は、直感に忠実だった。
「王都の傭兵とは思えん。斬撃に“ためらい”がない。人間のそれではないな」
アルは軽く目を伏せ、笑みを浮かべた。
「評価、痛み入ります。ですが、戦場では、生き残るために“ためらい”など捨てました」
「……ふん」
だが、ベルクは背を向けると、
「気をつけろよ、アル。王子殿下は……鼻が利く」と、低く呟いた。
その日の午後。
リシャール王子が、アルの私室を訪ねてきた。
「……異国の傭兵と聞いていたが、どこの言葉でもない言葉を、お前は時折、口にするな」
王子は細身の剣を杖のようにつき、細い瞳でアルを見据えていた。
「ティアラの命を救った男として感謝はしている。だが……お前の目は、なぜか“喪っている者”の目をしている」
(……王族特有の“勘”か。これ以上深入りされれば、魔王からの処分も避けられん)
アルはゆっくりと立ち上がり、
魔力を指先に集めた。
魔族の術法。対象の心臓を一瞬だけ“麻痺”させ、自然死に見せかけて絶命させる技。
簡単なことだ。
指を鳴らせば終わる。
それが“任務”ならば、躊躇など……
だが
リシャール王子がふと、窓の外を見て言った。
「……ティアラは、ああ見えても子供のころ、母を病で失っていてな。
強くあろうとして、あんなに鋼の心を持ってしまったのだ。
それでも、今の彼女は……お前が来てから、少し“柔らかく”なった」
アルの指が止まる。
(殺せない)
静かに、魔力をほどいていく。
王子が部屋を去ったのは、それから数分後だった。
その夜。リシャール王子は突如、倒れた。
心臓発作と診断された。
遺体に傷も痕跡もなく、毒物反応もなし。
「不自然すぎる」と囁く声が、城の廊下を這った。
そして
夜の塔の回廊に、
暗い影が二つ、月を背に立っていた。
「お前が“殺さなかった”のは、見逃してやる。だが……もう限界だ、アイゼンハワード」
それは、ザガード・メル=ファングだった。
冷たい銀の瞳に、怒りはなかった。
ただ、失望と確信だけがあった。
「貴様はもはや“魔族”ではない。
心を殺せぬ者が、何を誇りに生きる」
「私は任務を果たしてきた。弱さを抱えてはいても、まだ」
「いいや、“人間の目”をした時点で、お前は終わりだ。
魔王陛下は貴様の処分を私に一任された。次、背くようならティアラ姫の命、私がもらいうける。」
その言葉が、確かに心臓を刺した。
そしてそのやりとりを
回廊の陰で、ティアラ姫は聞いていた。
目を見開いたまま、声を殺し、震えていた。
“アイゼンハワード”
“魔族”
“処分”
“ティアラ姫の命”
何一つ意味がわからなかった。
けれど、それは確かに感じた。
その場に流れていた、“自分だけが知らない真実の空気”を。
そして、アルの目の奥に、
これまで見たことのない、深くて冷たい哀しみを。
(……私は……何を信じていたの?)
ティアラ姫の心に、“信頼が崩れた痛み”が灯る。




