第5話 決別の誓い、剣は揺れて
王宮に、静かな殺気が満ちていた。
今宵は祝宴
戦での勝利を記念する、ティアラ姫主催の小さな宴が執り行われていた。
民を慈しむ姫は、武勲をあげた若き兵たちを招き、ささやかな言葉を贈る夜。
アルもまた、姫の護衛としてその場に立っていた。
月の光を受けた白銀の礼服。
その背には、決して抜かれることのない“魔剣”が眠る。
(……平和の宴か。こんなもの、幻にすぎん)
その時だった
風が、不意に止まった。
空気が張り詰める。
その瞬間、アルが戦士としての本能が何かを切り裂いた。
「伏せろ、姫ッ!」
アルの声が響いた瞬間、
天井の梁から黒い影が滑るように落ちてくる。
黒装束の刺客、魔界の密殺部隊“血煙の牙”の紋章を背に刻む暗殺者だった。
狙いは、ティアラ姫の心臓。
剣が、まっすぐに放たれる。
だが次の瞬間、
それよりも早く動いた影があった。
「……遅い」
アルの腕が一閃。
刀身は鞘から出ることなく、空気を断った。
刹那
暗殺者の肘が、肩が、背骨が、あり得ぬ方向へと砕け飛ぶ。
まるで“見えない力”に叩き潰されたかのようだった。
(魔力は抑えた。だが、反撃は“本気”だ)
誰も、その異常には気づかない。
ただ、彼が姫を守ったという“事実”だけが、祝宴の中に広がった。
翌朝。
王宮の謁見室に、ティアラ姫とアルだけが呼ばれていた。
姫は、自らの手で銀の箱を差し出す。
「アル殿。あなたは、私の命の恩人です。
これは、王家の“誇り”を示す者にのみ贈られる勲章。
私は、あなたにこれを授けたい」
アルは、一歩だけ前へ出た。
深く頭を下げる。
「恐れ多く、光栄にございます」
姫は、箱を手渡すと、
ほんの一瞬だけ、その指先がアルの手に触れた。
「私は……あなたに、いつまででも“側にいてほしい”と思っています」
その言葉は、まるで祈りのようだった。
アルは、ゆっくりと微笑み。だが、その瞳の奥で、闇が蠢く。
(側に? ……その願いを、叶えられる者が“魔族”であってよいのか)
その時、
背後で、誰にも聞こえぬ声が響いた。
《破壊せよ、アル。
姫の心を壊せ。民を絶望させよ。
それが魔族としての“誇り”であり、殺害が最短の道だ》
魔王の幻影。
影のように、己の影に寄り添い、呪いのように囁く。
アルの笑みが、わずかに凍る。
視界に映るティアラ姫の笑顔が、眩しすぎて、胸が痛む。
その夜。
アルはひとり、塔の最上部に立っていた。
王都の灯が遥か下に揺れ、風が、鋭く頬を撫でていた。
(あのとき、剣を振るったのは、忠誠か……それとも、“心”だったのか)
今、彼の剣は、魔族としての“義務“と“信念”に揺れていた。




