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【ランキング12位達成】 累計57万5千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

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第4話 魔王の密書、心の裂け目

魔界の玉座から届いた密書は、血のように赤い封蝋に包まれていた。

それを開いた瞬間、空気が重くなる。


【王女を掌握しろ。必要なら、心を奪え。

 できぬならば、排除せよ。

 三十日以内。魔界に仇なす者を、生かしてはおけぬ】


その文字を読み終えたとき、アル否、魔族アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウスは、静かに目を閉じた。


(当然の命令だ。私は魔族。王女を籠絡し、王国を堕とす使命を背負っている)


ためらいがあること自体が、すでに裏切りの兆候。

それは理解している。

それでも、心のどこかにわだかまるものが、消えずに残っていた。


(……私情は捨てろ。これは“忠義”ではなく、“征服”の任務)


アルは、机に置かれた銀の小瓶を手に取った。

中には、一口で人の思考を鈍らせ、昏倒させる魔界の霊毒。

致死性はない。だが意識は混濁し、心の防御は崩れる。

その状態の姫から、王族の秘密や軍略を引き出せば、十分に役立つ。


毒をわずかに垂らした紅茶を、揺れる灯火の下で差し出す準備を整える。


そして、間もなく


「アル殿、失礼いたします」


ティアラ姫が静かに部屋に入ってきた。


「眠れなくて……少しだけ、お話を」


姫は白のローブを羽織っていた。

戦場では凛々しく、剣を振るっていたあの姫が、

今はどこか物憂げに、遠い空を見ていた。


アルはうなずき、

「こちらへどうぞ。お飲み物を」と、毒入りの紅茶を差し出す。


ティアラ姫は、微笑みながらそれを受け取る。


「ありがとう、アル殿。いつも、あなたは丁寧で……安心するの」


(飲め。お前が飲めば、終わる。これでよい。すべて任務通り……)


姫が口元にカップを近づけた。


その瞬間

アルの視線が、カップの中にふと映る小さな影を見つけた。


(……ゴミ?)


小さな黒い塵が、液面に漂っていた。

だが姫は気にせず、ゆっくりと傾ける。


「お待ちを!」


思わず声が出た。

アルは瞬間的に姫の手を取り、カップを引き寄せた。


姫は驚いたように目を見開く。


「アル殿……?」


「……申し訳ありません、姫。

 中に、微細なゴミが――お身体に差し障っては困ります」


それは、もっともらしい理由だった。

しかし、自分でもわかっていた。


(違う。私は“わざと”阻止した)


毒に気づいたわけではない。

姫がそれを口に運ぶ姿を見たとき

胸が強烈に痛んだ。


「……あら、ありがとう。でも、大丈夫よ。私、こう見えて丈夫なんだから」


「いえ、私が用意したものです。完璧でなければならない」


丁寧にカップを取り上げ、ゆっくりと机の端へ置く。

手は冷えていた。心臓が、軋んでいた。


(これは致命的だ。命令を実行できなかった。

 私は“魔族”として……ここで初めて、任務に背いた)


姫は何も知らない。

ただ、信じて微笑んでいる。


「アル殿って、ほんとうに几帳面なのね。

 ……でも、そういうところ、好きよ」


“好き”。

たったそれだけの言葉が、

アイゼンハワードという名の仮面に、また一つヒビを入れた。


その夜、アルは一睡もできなかった。

剣を抱え、膝を抱え、

窓の外に咲いた月光の冷たさだけが、

彼の揺らぐ忠誠と心の裂け目を照らしていた。


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