第2話 銀の姫と偽りの忠誠
剣戟の音が、霧に溶けていた。
戦の最前線。
アレルシア王国の北門近く。
砦を襲った魔界の先遣部隊と、王国軍が激しい交戦を繰り広げていた。
その中でひときわ目を引く白銀の姿があった。
「退がれ! ここの防衛は私が引き継ぐ!」
甲冑の指先を真っすぐ前へ伸ばすその声は、若くも凛と澄んでいた。
セーラ・ティアラ・アレルシア。
姫でありながら、剣を取り、盾を持ち、
民を守るために自ら血塗られた戦場へと降り立つ王族。
銀糸のような髪が、泥と血にまみれながらも輝いていた。
その手の剣は、ただ美しいだけではない。
迷いなく、鋭く、命を奪う強さを持っていた。
「……あれが、王女?」
砦の上段でその姿を見下ろしていたアル
すなわち魔族アイゼンハワードは、知らず、言葉を漏らしていた。
冷静さと計算を信条としていた男にとって、
それは不覚だった。
「第一接触は成功ですか?」
傭兵として同行した兵団の者が声をかける。
アルは小さく頷いた。
「近くに入る許可を得た。王女殿下に挨拶の機会もあるだろう。
我々傭兵の礼儀を見せてやろうではないか」
表情は笑みを浮かべながらも、
その内心では、別の警鐘が鳴っていた。
(妙だ……。ただの普通の女だと思っていた。
どんな貴族も、王族も、口先で兵を煽り、城でワインを飲むものだ。
だがあれは違う。自ら剣を握り、兵の盾となり、前に立っていた)
彼女の剣技。
彼女の視線。
兵たちにかける短い励ましの言葉。
それは、**偽りのない者の発する“本物”だった。
(……これは、まずい兆候だ)
彼は己の心の乱れに気づいた。
美に惹かれたのではない。
信念に、心がわずかに震えたのだ。
(私の任務は、この国を壊すことだ。
王女に接近し、王家の情報を盗み、民の信を崩し、内部から腐らせること)
にもかかわらず、
「この姫だけは、破壊に値しないのでは」と
そんな感情が、ほんのわずかに芽吹いた。
「……笑止」
自分にそう呟いて、振り払った。
だが、心の底には針のような違和感が刺さったままだった。
その日の夜。
彼は城門の近くで正式に王女への謁見を命じられる。
それはまさに、魔王が命じた「任務の開始」だった。
だが、
その任務の先に、己が何を失っていくのかを、
このときの若きアイゼンハワードは、まだ知らなかった。




