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【ランキング12位達成】 累計57万7千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

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第2話 トキオー観光プロジェクト

朝の光がカーテンの隙間から差し込んだ。

階下からは、コーヒーの香りと、ラジオの音が漂ってくる。


カズヤは、迷っていた。


昨夜、久美子に言われた「リビングにおるでね」という言葉が、頭の奥に残っていた。

時計は午前7時52分。

まだ間に合う。だが、行かなくても誰も責めない。


でも。


カズヤは、ゆっくりとベッドから身体を起こした。


8時ぴったり。

アイゼンハワードが新聞をめくっていると、階段を下りる足音が聞こえた。


「あら、来てくれたんやね!」


久美子の声がはじける。

振り返ると、そこには私服に着替えたカズヤが立っていた。髪は少し整えられ、シャツはちゃんとアイロンがかけられていた。


「……行ってみようかと思って」


「よっしゃあ! カズヤ、アルおじと一緒にトキオー案内してー!」


そう言って、久美子は腕を広げるように笑った。

アイゼンハワードは鼻を鳴らしながらも、帽子を被って立ち上がった。


「じゃあ、我々三人、"トキオー観光プロジェクト"の開始だな」


【浅草】

雷門の前には観光客が溢れ、外国語が飛び交っていた。

久美子はきゃっきゃとはしゃぎ、提灯の下でスマホを構える。


挿絵(By みてみん)


「カズヤ、並んで並んで! 自撮りするよ!」


不慣れな距離感にカズヤは戸惑いながらも、彼女の隣に立つ。

スマホの画面越しに見えた自分の表情が、ほんの少し、笑っていた。


「ほら、見てこれ。いい顔しとるよ、あんた」


久美子に言われ、彼は思わず目を逸らした。

でも、悪くない気がした。


そのあと乗った人力車では、車夫の兄ちゃんに恋人と勘違いされ、顔が真っ赤になった。


【上野動物園】

パンダの列は断念して、サル山の前に三人は立った。

鉄柵の向こうで、ボサボサの毛の猿が岩に座って、じっとこちらを見ていた。


カズヤも、無言で見つめ返す。


「……似とるか?」


久美子が茶化すように笑ったが、カズヤはぽつりとつぶやいた。


「……俺、まだ人間捨ててなかった」


その言葉に、アイゼンハワードは新聞をたたむように声を低くした。


「当たり前だ。お前の中には、立派な人間が眠っとる。今、目ぇ覚ましたとこだ」


カズヤは返事をせずに、猿をもう一度見つめた。そしてそっと、目を細めた。


【六本木】

夕方。陽が落ちる前のミッドタウン。

噴水の前で休憩しながら、久美子が飲みかけのアイスコーヒーを揺らしている。


アイゼンハワードはふと遠くを見るように目を細めて、つぶやいた。


「……ミス・セーラ。まだ赤ワインが好きか?」


久美子が振り返る。


「昔の彼女?」


「ま、そんなとこじゃ」


彼はそれ以上語らず、帽子のツバを少し下げた。


夕暮れの東京タワーが、ビルの隙間に浮かぶころ。


カフェのテラスで、三人はジュースと紅茶を前にして座っていた。


久美子がぽつりと語り出す。


「うちの父ね、最近やっと本音を言ったの。“家族って、あっていいものか迷った”って」


アイゼンハワードは黙って聞いていた。

カズヤも、目線を落としたまま頷いた。


「でも、私ね。思うんだわ。家族って、出来るもんじゃなくて、育てるもんだって」


しばらく風の音だけが、トキオーの空に吹き抜けた。


「……俺も、育ててみようかな、自分の“外の世界”」


カズヤが小さな声で言った。


久美子はその言葉に、黙って微笑んだ。


その笑みは、雷門で撮った写真より、ずっと近くに感じられた。




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