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【ランキング12位達成】 累計57万7千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

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第1話 ナゴヤーから来た女

挿絵(By みてみん)

トキオーの空は、鈍色にくすんでいた。

湿った風が街の隙間を這うように抜け、蝉の声だけが鋭く空を突いていた。


その日、大エイドーの外れにある古びた洋館の門を、一人の女がくぐった。

紺色のワンピースに日焼け止めの匂い。ナゴヤーから魔導新幹線でやってきたばかりの、後藤久美子だった。


挿絵(By みてみん)


「うわ……まだこんなに立派だったんだ」


門の前で立ち止まり、木々の緑に隠れた古洋館を見上げる。

アイゼンハワードは彼女の父・寺尾の親友であり、長年手紙のやり取りを続けていた旧き紳士の住まいだ。


インターホンを押すと、しばらくして重厚なドアが開いた。


「久美子ちゃんかね。……おお、なんというか、よう来たよう来た」


白髪をきちんと撫でつけ、蝶ネクタイを締めた老紳士が現れる。

背筋はまっすぐ、声は重くも温かい。その名もアイゼンハワード。


「お久しぶりです。突然すみません。父から“困ったときはアイゼンハワードに頼め”って言われまして」


「困ったときだけかい。まあ、あいつらしいな。入んなさい、暑かろう」


洋館の内部は時代に取り残されたままだった。

木の床、ステンドグラスの光、ミントの香る紅茶。

久美子はソファに腰を下ろすと、少し肩の力を抜いた。


「で、どんな困りごとかね?」


アイゼンハワードは煙草の代わりにチョコレートの箱を開けながら尋ねる。


「父が……離婚したんです。ま、本人は“自由になった”って言ってますけど」


「ほう。あの頑固者が、よう言ったもんじゃの」


「それで、少し東京を見て回りたくなって……せっかくだから、アイゼンハワードさんに案内していただけないかと」


すると彼は、口の端を持ち上げて笑った。


「ふむ……観光ねぇ。構わんが、ひとつ条件がある」


久美子が身を乗り出すと、アイゼンハワードは声を落とした。


「うちの孫を、部屋から引っ張り出してくれんかの」


「……カズヤさん?」


「ああ。良い会社に入ったが、仕事を辞めてからというもの、ずっと引きこもっとる。半年になる」


久美子は黙って紅茶を口に運んだ。


「なぜ私が?」


すると、アイゼンハワードはにやりと笑った。


「男ってのはな……女に惚れでもせん限り、部屋から出てこんのよ」


「はあ……」


あまりにも露骨な依頼に久美子は苦笑した。

そのころ、二階の部屋の奥。


カズヤは、布団の中でうつ伏せになっていた。スマホを握りしめ、通知のない画面を見つめている。


その夜。

家の中が静まり返った頃、久美子はそっと階段を上がった。

二階の突き当たり、灯りの漏れる一室。カズヤの部屋。


彼女はノックした。


「……カズヤくん、起きとる?」


しばらく沈黙があった。だが、数秒後、ドア越しにかすかな返事。


「……起きてます」


久美子はドアに背中を預け、柔らかく話しかけた。


「いきなり知らん女が来て、びっくりしたよね。ごめんねぇ。ほんとは静かに過ごしとったのに、邪魔しちゃって」


沈黙。返事はない。


「でもね、わたし、無理やり来たんじゃないの。おじいちゃんに頼まれて……て言うか、自分でも、なんか会ってみたくなって」


中から微かに、ベッドが軋む音が聞こえる。


「あしたね、浅草に行くんよ。せっかくだで、もしよかったら一緒に行かへん?」


また、沈黙。だが、ほんの少しだけドアが開いた。


隙間から、カズヤの顔がのぞいた。


ぼさぼさの髪、少し痩せた頬。目の下には薄く影があったが、その奥の瞳には、どこか温度があった。


「……なんで、そんなに優しくするんですか?」


久美子はにっこり笑った。


「優しくしとるつもり、ないけどね。わたしも昔、しんどいときがあって……誰かに助けてもらったんよ。そのお返しかな」


「……僕なんかと一緒にいて、嫌じゃないですか」


「損得で動くような性格しとったら、こんなとこ来とらんわ」


そう言って、久美子は立ち上がった。


「朝の8時、リビングにおるでね。気が向いたら、でええもんで。無理せんでええよ」


彼女が階段を降りていったあと、カズヤはしばらくその場に立ち尽くしていた。


ドアは半分、開いたままだった。


彼は廊下を見つめながら、小さくつぶやいた。


「……俺のことなんか、誰も見てなかったのに……」


扉の隙間から差し込む灯りが、今夜だけは、少しあたたかかった。


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