第3話 白牙リアルエステートの魔の手
ミヤザキの油津の港町に、ひそやかな波紋が広がりはじめていた。
焼肉屋での一件から数日後
アルおじさんは、いつも通り理髪店「理髪 なつこ」の椅子に腰を下ろしていた。
だが、なつこのハサミの動きはどこか鈍い。目も合わず、無言のまま散髪が進む。
「……どうした。君らしくもない」
「いえ……なにも。最近、ちょっと疲れてるだけです」
そう言って微笑むが、その笑みには、確かに“曇り”があった。
その帰り道、商店街のシャッターがいくつも閉まっていることにアルは気づく。
乾物屋、駄菓子屋、古本屋……どの店主も一様に浮かない顔をしていた。
「実はな……アルさん。あの『白牙リアルエステート』って不動産が、うちの店舗を買いに来ててよ」
「ウチなんて、三代続いた呉服屋だけど……“今なら高く買いますよ”なんて言われたのよ。怖くて断れないわよ」
町のあちこちで、白いスーツを着た男たちの姿を見かける。
その背後には、先日アルが追い払った「天道組」の影。
「ふん、典型的な癒着構造だな。暴力と札束で建物と土地を買い漁るとは、魔界の“血沼商会”と同じじゃないか」
白牙リアルエステート。
地元の海沿いに“高級リゾートマンション”を建てるという名目で、買収を進めている悪徳不動産だ。
商店街は壊され、ホテルとスパ、そして“県外の富裕層向けの街”が作られるという。
その話は、ついに「理髪 なつこ」にも及んでいた。
「……契約書にサインすれば、数千万円の“立ち退き金”が入るそうです」
「そんな札束で、君は町に唯一ある。理髪店の立ち退きに納得するのか」
「……わかりません」
ちょうどその頃、アルの孫・カズヤが宮崎にやってきた。
社会人としての初夏の休暇を使い、
「どうもアルおじちゃんが妙な空気に巻き込まれてる」と聞いて様子を見に来たのだった。
カズヤは早速、白牙リアルエステートと天道組の関係を調査し始める。
学生時代の知人や、地元の法務局で土地売買の記録を調べ、彼らの動きがかなり強引であることを知る。
「……アルおじちゃん。これ、見て。なつこさんの土地、既に“仮契約”されかかってる」
「……馬鹿な。彼女が……」
「おそらく、誰かが“代理人”を装って契約を進めてる。印鑑も偽造されてる可能性ある」
アルは静かに目を閉じ、そして呟く。
「……白牙の“牙”が、町の命を食い始めているな」
やがて、ある夜。
なつこが一人、海辺で泣いている姿をアルは目撃する。
「……ごめんなさい。アルさん、私……ごめんさない。」
月夜の光が彼女を哀しく包んでいた。




