第2話 ミヤザキ・油津の異変
ミヤザキ・油津の町。
雨の中、旅の途中で立ち寄ったアイゼンハワードことアルおじさんは、小さな理髪店「理髪 なつこ」で散髪してもらった縁で、そのまま数日間逗留することになった。
髪を揃えられながら、天井からぶら下がった小さな銀の鈴に目をやる。
「この魔法の鈴を鳴らした人と、私は……結婚するんですって」
と笑う女主人・なつこに、アルは思わず噴き出す。
「なんだそれは、魔界の呪物か何かか? …まさかとは思うが本気で信じておらぬだろうな」
「本気ですよ、私は」
それからというもの、アルはすっかり町の人々とも打ち解けていった。
魚屋のヨネさん。
焼き鳥屋の慎吾くん。
老舗喫茶のマスターも、魔族の元貴族が旅をしているという話を面白がって受け入れた。
だが。
この町には、どこか。空気のよどみがあった。
ある日、焼肉屋「たん吉」でランチをしていたアルの耳に、威圧的な声が飛び込んできた。
「よぉ、今月の“ご祝儀”まだ貰ってねぇぞ、たん吉さんよ」
入ってきたのは、黒いシャツにネックレスを光らせた三人組。地元で名を知られるヤクザ「天道組」の者たちだった。
店主が明らかに怯えた様子で、奥から封筒を取り出そうとする。
そこへ、アルおじさんが立ち上がった。
「やめておけ、焼肉が冷める」
「はァ? なんだこのジジイ」
「食の礼節を弁えぬ者に、客の資格はない。ましてやこの町の者に恐喝とは……下衆以下だな」
ヤクザが舌打ちし、ナイフを抜いた
瞬間、アルの漆黒の外套がざわりと揺れた。
詠唱が始まる。古代の魔語。圧倒的な魔力が地を揺らす。
「目覚めよ、古き獣よ……
闇よ、我が肉体を喰らい尽くせ。
王の血よ、魔獣の骨よ――
真の姿へと具現せよ……
《魔獣 ライカントロス》!」
風が唸り、焼肉屋の看板がたわむ。
店の中に、巨大な魔獣の影が浮かび上がった。
「な、なんだコイツ……!」
慌てて逃げ出すヤクザたち。
アルは席に戻り、のんびりと冷麺を啜る。
「……この冷麺、なかなか美味いな。焼肉もよかった。たん吉殿、続けてくれ」
焼肉屋の主人は、言葉を失いながらも深々と頭を下げた。
その夜、町の人々は静かにささやき合った。
「どうやら、あの理髪店に泊まってる旅人……ただ者じゃねぇな」
アルおじの行動が、この町に広がる見えない闇を照らし始めていた。




