第3話 花火大会とかき氷と夜の告白
「……似合ってるじゃん」
「……は? 聞こえない」
「いや、だから。似合ってる、髪型と浴衣」
由比ヶ浜の海辺で、カズヤは照れ隠しにそっぽを向いていた。
目の前には、先輩の妹。長瀬智子。
紫陽花模様の浴衣に、髪は緩やかにまとめられ、普段のキツさが少し和らいで見えた。
「……あんた、昨日は“キャンキャン吠える犬”とか言ってたくせに」
「ちょ、ちょっとはフォローさせてよ!」
「ふふっ、しょうがないなあ。じゃあ、かき氷、半分こしてあげる」
「……マジで? …え、ブルーハワイかよ!」
「何? 文句あんの?」
「いや……ないです……(あるけど)」
カズヤの心はすでに、冷たいかき氷よりもずっと、ぐらぐらに煮えていた。
夜になった。
ドンッ――!
夜の湖畔に、大きな花火が打ちあがる。
紅、藍、金、紫。空に広がる大輪の色彩は、
どれも一瞬で、でも確かに心に焼き付く。
「……あんた、ほんとに大企業の営業マンやってんの?」
「一応……やってます。上司には怒られてばっかですけど」
「ふーん。案外、ちゃんとしてんのね。ちょっと見直した」
「それ、素直に言ってくれない?」
「やだ、照れるから」
「こっちが照れてんだよ!!」
火花のような口論、でも、
その合間に重なる静けさが、
ふと、ふたりの距離を縮める。
「……カズヤ」
「ん?」
「また、どっか遊びにこうよ。あんたと一緒に」
「……うん」
ドンッ、と打ち上がる花火の音が、ふたりの背中を押していた。
一方その頃、琵琶湖畔では
湖畔の宿。
古びた縁側に、魔族の老紳士・アイゼンハワードと、カメラを抱えた主婦・蘭子の姿があった。
「明日には帰らなきゃいけないんです、家に。夫のところに」
「ふむ。旦那さんは……優しくないのかね?」
「ええ、そうですね。
最初からずっと“家事ロボット”としか思われてなかったのかも」
「……それで、君はここへ来た」
蘭子は静かにうなずいた。
「アル。あなたに会えて、よかった」
「そうか。なら……俺もだ」
小さな風鈴が、ちりんと鳴った。
打ち上げ花火の音が遠くで響いていた。
それでも、ふたりの耳に残ったのは、その静かな音色だけだった。




