【最終話】 ラジオから流れる「私の愛した魔獣おじさん」
SAGA島の夏が終わり、海の色も少しだけ濃くなった頃。
アイゼンハワードは、いつものように港のベンチでパンをかじっていた。
潮風とパンの香り、そして空っぽの隣の席。
隣にいたはずの“あの子”は、もういない。
「やっぱり、さびしいもんだな……」
つぶやく声も、波にさらわれていった。
魔獣おじさん、ひとり
「おじさん、今日はカレーパンですか?」
パン屋の少年が声をかける。
「ん? いや、今日はジャムパンだ。……たまには甘いやつもな」
「へぇ〜。MADOさん、テレビに出てましたよ。すっごく綺麗だった!」
「……そうか」
「あの人、ここにいたんですよね? ほんとだったんだ……」
「そうさ。おじさんと……一緒に、パン焼いてたんだ」
「えっ、歌姫が!?」
「ま、焼いてたっていうか、焦がしてたっていうか……」
少年が笑う。おじさんも少しだけ、笑った。
その夜。
SAGA島の唯一のラジオ局、「SAGA夜のローカル放送局」にて、特別番組が始まった。
『今夜だけのスペシャル・リリース!
魔界の歌姫・MADOさんの新曲、タイトルは、
“私の愛した魔獣おじさん”!!』
パチッ、とラジオのスイッチを入れたアイゼンハワードの指が、止まる。
(……まさか、タイトルで呼ばれるとはな)
笑いそうになったが、胸の奥がじんわりと熱くなる。
スピーカーから、イントロが流れる。
懐かしい声が世界へ、そして、おじさんの心へ、響きはじめた。
♪
パンをくれた日も、
魔獣に乗って空を飛んだ日も、
誰にも言えなかったけど
あの日の私、
名前も失って、
あなたに出会って、生まれなおした
だけどおじさん、
あなたは言ったね
「夢は戻るものじゃない、追うものだ」って
♪
(あのとき、そんなキザなこと言ったっけか……)
♪
だから私は歌う
涙も笑いも風に変えて
あなたがいた夏を、焼きつける
私の愛した、
魔獣のおじさん
世界で一番、やさしいモンスター
♪
ラジオが終わったあと、アイゼンハワードは、
ひとつ、大きく息を吐いて、空を見上げた。
「……いい歌だな。
まったく、俺のことを“やさしいモンスター”だとよ」
誰もいない港に、ひとり、苦笑いを浮かべる魔獣おじさん。
でもその目元は、少しだけ赤かった。
次の日。
村の子どもたちが言った。
「ねぇ、おじさん! 昨日のラジオ、MADOの歌聴いた!? 泣いたでしょー!」
「泣くわけねえだろ、バカヤロウ……」
そう言って、くるっと背中を向けるおじさんの肩が、すこしだけ震えていたのを、アルおじさんは、誰も言わなかった。
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ2〜歌姫の初恋 〜』
―完―




