第6話 ハルコの正体バレる。そして、おじさんの告白
潮の香りがふわりと漂う、魔界SAGA島。
青い海と空、のんびり流れる時間のなかで、“愛子”と名乗る女と、魔獣おじさん・アイゼンハワードの不思議な共同生活は続いていた。
朝はパン。昼もパン。夜は浜辺で焼き魚。
会話はくだらないが、笑顔は多かった。
「おじさん、パンの耳食べる派?」
「耳だけでもいい派だ」
そんな何気ないやりとりが、なぜか心地よかった。
それは「悪くない日々」だった。
洗濯物が風にはためく午後。
アイゼンハワードは縁側に腰かけて、パンをかじっていた。
「……ったく、いつまでこんな生活続ける気だよ俺は」
ぼやきながらも、ふと家の奥から聞こえるはな歌声に耳を傾けた。
♪らーららーらー 愛はパンのように〜
焼かれて膨らんで〜しおしおに〜
「……歌のセンスはさておき、楽しそうにしてんな」
今のハルコには、芸能の喧騒も、ステージのプレッシャーもない。
ただ、“普通の生活”があるだけだった。
このままでも、いいんじゃないか。
アイゼンハワードは、少しだけ本気で思っていた。
けれど。
(世間は許さねぇよなぁ)
夜。
寝静まった家の外で、アイゼンハワードは一人、スマホを手にしていた。
ディスプレイに表示された連絡先は
【ミラクル・キセキ芸能事務所】
「……よお、俺だ。MADOが……ハルコが、SAGAにいる」
受話器の向こうで叫び声が上がる前に、アイゼンハワードは淡々と言った。
「……今のあいつは、ただの“普通の女の子”だ。
でもよ、あいつにはまだ……歌える未来がある。
このままここにいさせたら、それを奪っちまうことになる」
「だから、通報って形になっちまってもいい。連れてってやってくれ」
通話を切ったあと、アイゼンハワードは、しばし空を見上げていた。
「ったく……なんでこうなるんだかよ。だめな、おじさんだぜ。」
翌日の朝、島の港に赤いバイクが現れた。
サイドカー付き。荷物も髪型もパンクな女が叫ぶ。
「ハルコさーーーん!!!」
家の前で洗濯をしていたハルコが凍りついた。
「ミ、ミラクル……キセキ!?」
「ついに見つけましたわよこの大バカ歌姫!!」
「いやあああああああ!!!」
ハルコが逃げ出す、ミラクルが追いかける。
その横をパンをくわえたアイゼンハワードが通りすがる。
「おい、コケるぞ」
ズシャアッ!!
「ほら言った」
逃げられない現実と、叫ぶ心
「もう無理……隠しきれない……」
部屋に戻ったハルコは、顔を覆って泣いた。
「おじさん……なんで……どうして連絡なんて……」
「……ごめんな」
アイゼンハワードは帽子を取って、静かに言った。
「ハルコちゃん。いや、MADO」
「……やめて」
「お前と過ごす日々は、悪くなかった。
パンも魚も、お前のくだらない歌も、笑った顔も……全部」
「だったら……どうして……!」
「でもな、あんたは“そこ”に収まってる女じゃねぇよ。
逃げてたって、それは“命を止めてる”のと同じだ。
お前には、まだ歌う力がある。
誰かを救う声がある。
だから……舞台に戻るべきだ」
「……嫌! MADOは、あのよる死んだの!! もうこの世にいない!」
ハルコは叫んだ。
「抱いてよ、アルおじさん! 逃げようよ……どこまでも、遠くへ……」
「違うよ、ハルコちゃん」
アイゼンハワードは、そっと彼女の肩に手を置いた。
「逃げたままじゃ、“君”じゃなくなる。
君は戻らなくちゃいけない。
だって、君は歌姫の、大スター“MADO”なんだから」
沈黙のあと、
ハルコの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。




