第5話 SAGAデート編「ここで暮らしても、いいですか?」
潮風がやさしく頬を撫でる、午後のサガ島。
丘の上の音楽教室にて、
ギターの弦をゆるめながらハルコはつぶやいた。
「……ねぇ、アイゼンさん。
わたし、もう歌わなくてもいいんじゃないかって……思ってるの」
「……は?」
「ほら、ここって静かだし……人も優しいし……パン美味しいし……
歌のこと、忘れても生きていける。
それに、アイゼンさんとふたりで、こうしてのんびり暮らすのも悪くないなぁって……」
と、ひとつ結んだポニーテールを風になびかせて笑った。
「……んだよ、急に」
「ほら、私って有名になっても、幸せじゃなかったから。
でも今がちょっとだけ幸せ。ね、今日はSAGAデートしません?」
そして、魔獣おじさん・アイゼンハワードとの
“完全オフな一日”が始まった。
【SAGAデートその①:毒クラゲふれあい海岸】
「ちょ、なんでこのビーチ、全部ピンクのクラゲ浮いてるの!?」
「毒クラゲだ。触ると笑いが止まらなくなる“魔界ジョーク種”ってやつだな」
「それ絶対ヤバいでしょ!?」
ハルコは海岸の岩陰に座り、タオルを広げて日光浴。
アルはというと
「うおっ!? ちょ、おい、足に絡むなコラ!」
なぜか毒クラゲにモテていた。
【SAGAデートその②:深海パン市場・焼きたてツアー】
「うわ〜っ、見て! この“マグマ焼きアンパン”! しかも耳つき!」
「魔界パンなのに、表面だけカリカリって何気に高等技術だな……」
二人は焼きたてパンを片手にベンチに並んで座る。
口の端にソースをつけたままハルコが言った。
「……ねぇ、アイゼンさん」
「ん?」
「……キス、してみる?」
「アンパン食いながら言うな」
「だって、ちょっとそういう雰囲気じゃない?」
「ないわ」
「ちぇっ」
【SAGAデートその③:夜の港と、手つなぎ散歩】
日が暮れ、潮騒と街灯があたりを包み込む。
ハルコはいつの間にか、アイゼンハワードの袖をつかんでいた。
「……おじさんの手、あったかいね」
「魔力が漏れてんのかもな」
「そっか……。なんか、ずっとこうしてたい」
アイゼンハワードは、ハルコの言葉に一瞬立ち止まる。
でもすぐに、何事もなかったように前を向いて歩き出した。
「……ここでずっと暮らしても、いいんだぜ」
「え?」
「別に、お前が何者だろうが関係ねぇよ。
パン食って、寝て、笑って、それでいいんじゃねぇの」
「…………」
「でもな。もし、どっかの誰かが、お前が届けたい歌を待ってんなら
それに応えるのも、悪くないってだけだ」
「…………ズルいよ、そういうの……」
ハルコはそっと、彼の手を強く握った。
次の日の朝
「おじさーん、ちょっと買い出し行ってくるね〜!」
麦わら帽子、深海酵母パンのバッグを肩にかけて、元気よく駆けていくハルコ。
「ったく、すっかり馴染みやがって……」
そう呟いてベンチに腰かけたアイゼンハワードのポケットに、
一枚のチラシが入っていた。
【緊急告知】
新魔王就任式 国家斉唱歌姫、MADOに正式依頼!
「生きているなら、もう一度――」
所属事務所 連絡先 ▲▲ ー〇〇ー■■■




