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【ランキング12位達成】 累計57万5千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

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第4話 パンと海と、SAGAと私 〜あの丘の上の音楽教室〜

魔界南方、SAGA島。


そこは、魔族とは思えぬほど人懐っこくて、海と温泉とパンを愛する人々が暮らす、のどかな島だった。


「深海酵母パンくださいなぁ〜! できれば耳カリカリのやつ!」


「わかったよ〜! 焼きたてを持ってきな!」


港の朝市で、アイゼンハワードは地元民に完全に溶け込み、

早速”貴族の魔族なのに名物おじさん”ポジションを確立していた。


一方、麦わら帽子の少女。ハルコは、港から少し離れた“ある丘の上”を見つめていた。


挿絵(By みてみん)


「……あの場所、間違いない。私の家よ」


その家は、半分廃墟だった。

丘の上に建つ、朽ちた木造の屋敷。

かつては裕福な家だった面影を、風化した看板が語っている。


《魔海音楽教室 海とメロディと心のソナタ》


「……こんな名前つけたの、パパよ……」


玄関を開けると、潮風にさらされ続けたピアノと、ホコリをかぶった譜面台。

床はところどころ抜けており、壁にはMADOのポスターが飾られていた。


まだ、人気が出る前のMADO。笑っていない少女の顔。


「ここで……私は歌を学んで……ここから逃げたのね」


ハルコは、深く息を吸い込んで、

古いピアノの椅子に腰を下ろす。


キーをひとつ、静かに鳴らす。

そして、目を閉じる。


メロディーと共に

過去が流れ出す


■■過去の記憶


10歳のハルコは、いつも海を見ていた。

でもそれは、憧れではなかった。逃げ場だった。


音楽家だった父は、「才能がある」と言ってくれた。

母は優しかったが、病弱で、早くに亡くなった。


代わりに父が望んだのは、完璧な歌姫になること。


パン杭競争の日も、

毒クラゲ祭りの日も、

子供たちが海で遊ぶ放課後も、


彼女だけは、音楽室のなかにいた。


■■■


「……ねぇ、私。あの時、本当に歌が好きだったのかな」


そこへ現れる、魔獣おじさん。

「よう、焼きたてパン買ってきたぜ。

耳カリッカリ、尻尾もちもち、SAGA名物“深海酵母ハードロール”な」


アイゼンハワードは、ポケットからパンを差し出した。

ひと口かじって、ハルコは泣いた。


「ねえ……アルさん……私、なんで歌ってたんだろう。 誰のために、何のために……。気づいたらMADOになってたの。 ファンが喜ぶから、プロダクションが褒めるから……」


アルは煙草に火をつける。


「なんだ記憶戻ったのか?そんなの、みんなそうだ。

 俺だってな……昔は“魔界の公爵”だの“血の貴族”だの言われて、

 持ち上げられたもんさ。でも今じゃ……」


「今じゃ?」


「……孫の運動会、どっちのカメラが我が子か見失うレベルのおじいだよ」


「ぷっ……ふふふっ……」


 ハルコが初めて、心から笑った。


音楽室の奥、黒板に残されたメッセージ

二人が奥の部屋を覗くと、

そこには、白いチョークでこんな文字が書かれていた。


『ハルコへ パパより』


『君の歌は、海より深く、空より自由だ。好きなところへ飛んで行け』


彼女はそれを見て、泣いた。

初めて聞いた、“許された歌”だった。


夕暮れ、海辺でギターを抱えたハルコがつぶやく。

「……アイゼンさん。わたし、もう一度歌ってみようかな。誰かのためじゃなくて、私自身のために」


「やってみろよ。……で、その歌が誰かを救うなら、上等じゃねぇか」


「うん……。最初の一曲目は、あんたのために作る」


「へぇ。タイトルは?」


 ハルコは照れた顔で答えた。


「『私の愛した魔獣おじさん』」


「……帰る」


「ちょっと待って!? 帰らないで!?」


夕暮れを背に二人は海岸を歩いた。


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