第3話 名前をなくした少女と、魔獣おじさんの記憶探し旅
それは、秋の空が高く澄んだ、小学校の運動会だった。
「位置についてー! よーい……ドンッ!!」
パーンという音とともに、子どもたちが白線の上を駆け出していく。
テントの下、アイゼンハワード(アルおじさん)は折りたたみ椅子に深く座り、
麦茶片手に孫のカズヤの雄姿を見つめていた。
「おお……いい走りしてんな、あのガキ……短足だが根性はあるな」
その隣で、麦わら帽子を深くかぶった謎の女、愛子(仮名 ハルコ)は、
手作りの応援旗を振りながら、ソワソワしていた。
「カズヤくーん! 行けー! がんばれー!!」
どこか“近所のおせっかいお姉さん”ムーブになっている。
「……お前、最近ちょっと馴染みすぎじゃねぇか?」
「ふふ、居心地がいいのよ。アイゼンおじさんの娘さんも優しいし、
あの子もいい子だし、犬も……なつかないけど可愛いし」
「……犬は吠えっぱなしだぞ、お前に」
そして競技が進み、プログラムナンバー18
「パン杭競争」が始まった、その時だった。
バシィィン!
口でパンをくわえようとして失敗し、地面に突っ込む子どもたち。
笑い声と歓声の中で、突然、愛子が立ち上がり叫んだ。
「パン杭!! ああっ……パン杭だわ!!」
「……は?」
「わたし、思い出したの!
魔界のSAGA島で、パン杭競争してたのよ!!
小さい頃、魔界の南の島で! あの島は、魔界のくせにやたらのどかだった……!」
「いやいや、ちょっと待て。パン杭って魔界にもあるのかよ。ていうかパンあるのかよ」
「あるわよ、深海酵母パンっていうのが特産品だったのよ!!」
「初耳すぎる……」
興奮でテンションが爆上がりした愛子(=ハルコ)は、
運動場の砂を握りしめながら、遠い目をする。
「……たしか私、SAGA島の港町で生まれて、海の見える学校に通って……
よくパン杭競争でズルして怒られてた……」
その目に、かすかに涙が浮かんでいた。
「……もしかして、お前……本当に記憶がなかったのか……?」
「違うの……“失いたかっただけ”なのよ、記憶なんて。
だって思い出すと、つらくて……」
「……」
「お願い、アイゼンさん。SAGA島へ連れてって。
私……もう一度、ちゃんと自分の足で思い出したいの。過去と、向き合いたいの……」
静かに空を見上げる彼女の横顔に、
アイゼンハワードは、少しだけタバコの火をつけるのをためらった。
「……ったく。めんどくせえ女だな」
火をつけたタバコをくわえ、煙をくゆらせながら言う。
「でもまぁ……ちょうど休暇がほしかったとこだ。
行ってやるよ。魔界のSAGA島とやらにな」
魔界SAGA島へ
ハルコ(=愛子=元・歌姫MADO)がついに自らのルーツと向き合う




