第2話 ミドリ家の一夜と「偽名・愛子」
「ミドリ、悪いけどこの娘。自殺未遂してたんだわ。明日、警察に連れて行くから今晩泊めてやってくんない」
夜の21時過ぎ。
アイゼンハワードことアルおじさんは、魔獣・大イーグルの姿からようやく戻ったばかりの疲れた身体で、 自宅代わりにしている娘ミドリの一軒家へと帰ってきた。
肩には、歌姫MADO(気絶中)を、見事な“死体だっこ”スタイルで担いでいた。
「ちょっと!? お父さん!? なにその人!? 生きてるの!? 死体!? 捕まるやつ!?」
「違うわ。ビルの8階から飛び降りようとしてたとこ、助けた」
「いやいやいやいや、女性を肩に担いで『助けた』って言われても!通報されるレベルだよ!? 通報するよ!?」
「やめてくれ。明日ちゃんと警察に連れてくから今夜だけでいい」
「じゃあとりあえず布団に寝かせて! うち小学生いるのよ!?」
ひとまずミドリのパジャマを着せられたMADOは、
布団の上で「きゅうぅぅ〜ん……」と寝息をたてていた。
とても“元・魔界歌姫”とは思えない脱力フェイスである。
翌朝
「……うぅ、ここは……どこ……?」
MADOが目を覚ましたのは、朝7時すぎ。
カーテン越しの優しい光、畳の匂い、そしてホットケーキの匂い。
(な、なにここ……あれ? 私、死んで……ない?)
ソファから転げ落ちるように起きた彼女は、キッチンで朝食を作るミドリを発見。
「おはようございます……。あの……えっと……どなたですか……?」
「おお、起きたか。昨日、お前、ビルから落ちそうだったろ。俺が助けてやったんだ」
と新聞を読みながら答えるのは、すっかりくつろぎおじさんモードのアル。
「ビル? 落ちそう? 助けられた……?
…………はっ!」
ハルコは顔を青ざめさせ、瞬時に思考をフル回転。
(このままじゃ“あのMADO様が自殺未遂した歌姫”としてニュースになっちゃう!)
(ダメダメダメ!! 絶対ダメ!!)
とっさにソファに突っ伏して叫ぶ。
「きゃあああああ!! なにここ!? 私誰!? 私、誰なんですの!?」
「……は?」
「わ、わたし……記憶が……記憶がない……っ!?」
白々しいにも程がある。
「おいおい、突然の昼ドラか?」
ミドリが冷めた目でツッコミを入れる。
「あなた、昨日“あたし歌姫なんだからぁ!”って叫んでたよ?」
「そ、それはきっと記憶の混濁よ! うそかもしれないじゃない!?」
ハルコは涙目で訴える。
「ねぇお願い、警察とか病院とか、そういうのだけはやめて……!」
その姿に、アルはひとつ大きなため息をついてから、新聞をたたんだ。
「しょうがねぇな……。んじゃ、名前は覚えてるのか?」
「ええと……ええと……そうね……愛子」
「嘘くせぇ……!」
「黙りなさい! あなた昨日、鳥だったくせに!」
「それ言うなよ」
その日の夕方
ミドリの息子・カズヤ(小6)が帰ってくる。
「ねぇ、アルじい! 明日、運動会だよ! ちゃんと来てくれるよね!?」
「……ん。まぁ、都合がつけばな」
「都合つけてよ〜! 最後の小学校の運動会なんだからぁ〜!!」
「うん、そうだよ! おじさん、行ってあげなよ。カズヤくん、めっちゃ楽しみにしてるんだから」
なぜか台所で漬物を切っていた愛子が口をはさむ。
「……うるせえな」
「なによその態度! あんた、自分の孫の運動会よりのんびりパチンコ行くつもり!?」
「誰がパチンコだ! 人聞き悪いな! こちとら魔界と地上の二重生活で、腰やられてんだよ!」
「じゃあなおさら行ってきなさいよ!!」
「うるせぇ!!」
「なんですってぇええ!!?」
かくして、“謎の同居人・愛子”と“魔獣おじさん・アル”の、
カズヤの運動会を行く行かないをめぐる大バトルが勃発したのであった。




