第1話 顔を隠した魔界の歌姫
「……私はもう、やりきったのよ……MADOは、ここで幕を引くの……」
魔界と地上を熱狂させた伝説の覆面歌姫。MADO(本名:魔海ハルコ)は、鏡の前でそっとマイクを外し、 口元の笑みをかみしめていた。ステージを燃やし尽くし、やりたい放題やった。名声も金も、もう十分。
「私、もう満足なの。これからは静かに、“愛の余生”を生きるの……!」
そんな神妙な空気を引き裂くように、
「ハルコしゃん新魔王様の就任式でMADOさんが国家斉唱の仕事入りましたー!!!」
と、マネージャーのミラクル・キセキ(27歳、奇跡の自称天才)が楽屋のドアを蹴破って登場!
「……あれ? ハルコしゃん? ……いな……まさかッ!?」
楽屋の窓。
開いている。
「ちょっ……まさかアレやってる!?あの引退芸、またやってる!?」
キセキが顔を出すと、8階の窓の外
ハルコが、両手両足を引っ掛けてビルの外壁に張り付いていた。
「わっ、見つかったッ」
「見つかるに決まってるでしょ!?何してんのハルコさん!!?」
「もう歌いたくないの!私はここで、静かに死ぬの!」
「勝手に死なないで!!あと建物の外壁つかんで死ぬフリとか、危険すぎるでしょ!」
「これが……歌姫の、最後の舞……」
バキィッ!!
情にも、ハルコの足元の外壁が崩れる!
「うわああああ!? 落ちるぅうう!!たすけてええええ!!」
ガラガラガラー
ついに建物のヘリが崩れた。ハルコの足元がなくなり宙ぶらりになる。
「だれかあああああああ!!!歌姫が落ちます!!!捕まえてええ!!」(泣く)
「ふぅ……今日はミドリの家に味噌煮込みうどんを差し入れて……ってん? 上から、声……?」
通りを歩いていたのは、元・ゼロ部隊の隊長にして現・保護観察官の男、アイゼンハワード(通称アルじい)。
彼が空を見上げると
「女が……ぶら下がってやがる……?誰だ??」
「お願いです助けてください落ちちゃいます!ぜったい死んじゃう!」
「……まったく。自殺かと思ったら、生きる気満々じゃねえか……」
ポキと指をならし、煙草を咥え直したアルが、詠唱を始める。
漆黒のマントがはためき、空気が震える。
「目覚めよ、古き獣よ……
闇よ、我が肉体を喰らい尽くせ。
王の血よ、魔獣の骨よ――
真の姿へと具現せよ……
《魔獣 ライカントロス》!」
その瞬間、アイゼンハワードの身体が漆黒の獣へと変貌する。
巨大な黒狼の姿、眼光は深淵より生まれたような冷たさを宿していた。牙は雷鳴、爪は鋼鉄を断つ。
「なんでもいいから、はやーく助けなさいよー」
ハルコがツッコむ間もなく、獣は跳躍。
「《ベヒモス・コード 第参式──大イーグルー顕現》!」
魔獣が、巨大な白き大鷲へと姿を変える。翼を広げると、ハルコを巨大な爪でわしづかみして空を飛んでいった。
「な、なんでそんな本格的な化け物が来るのおおおおお!?!?!?」
「ヒャァーーー!!た、助け――!!食べられーる」
ハルコは恐怖のあまりに気絶した....
アルおじさんと歌姫の逃避行の旅と恋が今始まる。
続く




