第七話 壊したやつにしかできない再生
サーテンリが残した村 スフェラ村。
魔法を持つ者も、持たぬ者も、ともに学び、生きる場所。
リーディオ・ゼロは、その村の再建と“教導”に尽くした。
ゼロの能力者が、今や修復と教育の賢者として語られるようになって、
二十年が月日が経った。
それは、魔族にとってはほんの2年ほどの時間。
だが人間にとっては、人生を変えるには十分すぎるほどの歳月だった。
ある夕暮れ、村の丘の上に、ふたりの男の姿があった。
ひとりはリーディオ・ゼロ。
白いローブに皺が増え、白髪も肩まで伸びている。
もうひとりは、黒マントを羽織ったいつもの中年男
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。
変わらぬ顔で、口に咥えた巻き煙草に火をつけていた。
「……あれから、もう二十年か」
リーディオがぼんやりと夕陽を見つめながら呟く。
「まったく、村のガキどもが今や教師になってるんだから、時の流れってのはすごいな」
「……ほんとだよ。俺が破壊して、焼いて、拒んで……あの時の子どもたちが、今、俺と肩を並べて“教えてる”」
リーディオの声は、少し震えていた。
静かな風が、丘の草をなでていく。
遠く、村の小さな灯がぽつぽつとともる。
「アイゼンハワード。お前は……ずっと見ててくれたな。どれだけ迷っても、間違えても、黙ってそばにいた」
「見てたっつーか……まぁ、娘んとこに通いながら、ついでだよ」
そう言ってアルは照れくさそうに煙を吐く。
「娘の……ミドリも、もうおばあさんになった。あの子が笑うたびに思うんだ。人間にとっての二十年って、本当に重いんだなって」
リーディオは、ふっと目を閉じた。
「俺は……償えたのかな。
罪ってやつは、終わるものなのか?」
その言葉に、アルはしばらく黙ってから、静かに口を開いた。
「終わらねぇよ、罪ってのは。
消えねぇし、ゼロにもなんねぇ。
けどな“生き方”で薄めることはできる」
「……“薄める”?」
「そうだ。お前が壊したもんは、確かに戻らねぇ。
でもその代わりに、お前が直したもの、教えたこと、救ったガキの未来が、今、ここにある」
アルは足元の草を引き抜き、ぱちんと手で弾いた。
「それで十分だろ。“壊した過去”と“築いた未来”の重さが、今やっと、同じくらいになったんだよ」
リーディオはその言葉を、何度も心の中でなぞった。
「……同じくらい、か」
「そう。俺たちは“全部戻す”なんて無理な話に、ずっともがいてんだ。
でもな、“壊したやつにしかできない再生”ってのも、確かにあるんだよ。
お前は、よくやったよ」
その瞬間、リーディオの目に小さな涙の光がにじんだ。
そして、ぽつりと漏らす。
「……ばあちゃん、聞いてたかな。俺、今……
“命を拒んだ”頃の自分とは、もう違うって、言えるかな……」
アルは帽子を目深にかぶり直し、煙草の火をぽんと指で消した。
「言えるさ。お前が自分で言えば、それで十分だ」
丘の上、暮れなずむ空。
紅に染まる雲の下、二人の男の影が、長く、穏やかに並んでいた。




