第四話 おっさん、さよならは言わない
季節の境目を感じる風が、大エイドの空を静かに通り抜けていく。
ミドリは、郊外の病院の個室にいた。
肌の色はまだ青白く、腕には点滴。けれど、目は以前より澄んでいた。
少しずつ、血抑制剤の依存を抜くための治療が始まっている。
病院の受付で清算を済ませたアルは、ぶ厚い明細書をポケットに押し込みながら部屋に入った。
「薬、ちゃんと飲んでるか?」
「飲んでる。……あと、怒られるかと思ってた」
ミドリは照れたように目をそらした。
「怒るかよ。こっちだって、460年分の業を背負ってんだ」
そう言って、アルは椅子に腰を下ろした。
二人の間には、気まずさも気遣いも、もうなかった。
ただ、親と子として、静かな時間が流れていた。
「……ねえ、お金、全部……出してくれたの?」
「あぁ。払えるもんは払う。おっさんの唯一の特権だ」
アルは笑った。
「母さんの貯金も、残ってなかったから……」
「いいさ。命に値段なんて、つけられねえ」
ミドリは枕元のロケットペンダントにそっと手を置いた。
そして、ゆっくりとアルを見た。
「……さよならは言わないよ。
また来てくれるんでしょう?」
アルはしばし黙り、うっすらと口角を上げた。
「もちろん。何時でも呼んでくれよ。足長のおっさんをな」
ミドリがふっと笑った。
その笑顔は、まるで小さな子どものようだった。
アルは席を立ち、名残惜しそうに病室を見渡す。
「……しばらく魔界に戻る。ひと仕事あってな。
“リーディオゼロ”っていうやつの保護観察官をやることになったんだ」
「へぇ……そっちも“厄介な更生”ってやつ?」
「ま、俺の専門分野になりつつあるな」
そう言って、アルは少しだけ胸を張った。
ミドリは笑いながら、手を小さく振った。
「……じゃあ、“またね”。お父さん」
アルは一歩だけ振り返り、静かに頷いた。
「“さよなら”なんてな……言わねえのが、家族だろ?」
そう言って、彼は扉を閉めた。
廊下の先、魔界行きゲートへと歩いていく後ろ姿に
ミドリは静かに「また来てね お父さん」と口の中で呟いた。
白いカーテンが、風もないのにやさしく揺れていた。




