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【ランキング12位達成】 累計58万PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』

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第二話 大エイドのトキオー 夜の吸血事情

大エイドの都市の中心部に位置する不夜城「トキオー」地区。

光と音が交差し、人も魔も入り乱れるこの地は、近年“イケ吸”ブームで大いに賑わっていた。


「“イケ吸”ってなんだよ……イケメン吸うのか」

アルはため息混じりに、街頭スクリーンを見上げた。

そこには、耽美な顔立ちの若いヴァンパイアたちが、女たちの首筋にそっと牙を当てるパフォーマンスを披露していた。


血は吸わない。ただ“吸うフリ”でキャーキャー言われるのが流行らしい。


アルは思った。


何もかも、軽い。


愛も命も、血さえも、ただのエンタメ。

かつて血を分け合うことは契約であり、信頼であり、時に永遠を意味した。

それが今では、写真を撮られるための“ポーズ”にすぎない。


そんな想いが顔に出ていたのか、周囲の若い女たちがアルを見てクスクス笑った。


「ねえ見て、あの人めっちゃ古くない? “ノスタルジー吸”って感じ〜」

「でも逆に、おじイケてる? 渋くてガチ吸って感じで」

「ねえ吸ってくれませんか〜?」


うんざりした顔でアルは手を振った。


「俺の血、そんな軽くねえんだよ」


そんな彼に、まるで空気のように声をかけてきた者がいた。


「……吸ってくれないかねえ、おじさん」


挿絵(By みてみん)


振り返ると、そこには酒に酔った年配の女性が座っていた。

厚手のコートに乱れた髪、よれたストッキング。瞳だけが、異様に澄んでいた。


「……俺は、誰にでも吸いつくほど安くないんだ」


「そうかい。けどあんた、本物だろ。あの“イケ吸”たちとは違う。

 あたしにはわかるよ。昔、あんたみたいなのと恋してたからねえ」


アルの胸が、わずかに疼いた。


「……名前は?」


「ナオミ。昔は銀座でママやってたよ。今は、ただの酔っ払いさ」


彼女は笑い、くしゃくしゃのバッグから一本の口紅を取り出して、鏡も見ずに唇に塗った。

その所作に、妙な色気があった。


ナオミは続ける。


「女ってのは、若いときはチヤホヤされる。けど年を取るとね、空気になるんだよ。そのうち誰にも見られなくなって、鏡も見なくなって、自分すら消えていく。だからあんたに、吸ってほしいって言ったんだ。 “私がここにいた”って、誰かの中に残したいんだよ」


その言葉は、どこかアル自身と重なった。


若いころは、誰もが振り返った。

だが今、誰も彼を“見る”ことはない。名声も、力も、過去の話だ。


アルはゆっくりとナオミの前に腰を下ろした。

彼女の手を取り、その手のひらに額を当てる。


「……あんたの魂は、軽くなんかない。酔ってても、ちゃんと響いたよ」


「……ふん。魔族に慰められるなんて、人生の終わりも悪くないねえ」


アルは、軽く彼女の指先にキスをした。

吸血ではない。だが、確かに何かが“通じた”瞬間だった。


ナオミは立ち上がると、「ありがとよ、おっさん」と言って夜の雑踏に消えていった。


その背を見送りながら、アルは小さく笑った。


「……まだ、捨てたもんじゃねえな。人間の魂ってやつはよ」


そしてその夜。

ナオミが落としていった一枚の名刺に、見覚えのある名が書かれていた。


「ミドリ・シラセ」古書店 月ノ書庫 店主 


アルの手が、また震えた。


「さぁ……会いに行くか。俺の……娘に」


アルはトキオーの建物の暗闇に溶けて消えていった。


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