第一話 酒と過去とカサカサ肌
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』
かつて“魔界一の伊達男”として名を馳せた魔界の貴族、アイゼンハワード(通称:アルおじ)は、齢460を超え、老いと孤独に悩まされる日々。
女性には相変わらず声をかけられるが、その多くは「不老不死目的」のにわか吸血志願者ばかり。
地上と魔界をふらふら渡り歩きながら、アルは過去の恋、現在の孤独、そして未来への選択と向き合っていく。誰もが年を取る。たとえ1,000年以上、生きる魔族でもおっさんとなる。
魔族として、魔人として、"おっさん"アイゼンハワードが見つけ出す「魔人生の生きる道」とは。
名前:アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス(通称:アルおじ)
種族: 魔族サターン
年齢:460歳(人間換算で中年後期~初老)
※魔族としてはまだ“若い”部類と言われるが、本人は「もうおっさんだよ」と嘆く。
性別:男性(ただし美意識高く、中性的な装飾も好む)
身長/体重: 185cm/70kg(魔族としてはややスリム)
外見:赤い瞳にワインレッドのマント。貴族的なファッションを好む。
最近は白髪交じりや肌のカサつきを気にして保湿クリームを常備。
夜の魔界では「貴族界の元イケメン」として一目置かれる存在。
性格:優雅で気取っているが、根は寂しがり屋の世話焼き。
昔はナルシスト気質だったが、近年は“イタい”自分を自覚している。
皮肉屋だが、相手の心には敏感でよく気がつく。
過去の恋愛経験は豊富だが、現在は“本気の相手”を探している。
口癖:「昔はモテたんだよ、ほんとに!」
「老いってのは、血より濃いもんだな……」
「魔族だって悩むんだよ。長生きって、地味に重いぜ」
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魔界の西、ゴルゴンタル断崖のふもとに、ぽつんと建つ古びたバーがある。
看板には錆びた金属で書かれた文字《Bar Destiny》。運命の酒場。だがその名に反し、運命を感じるような出会いは滅多に起きない。
カウンターの一番奥、黒いマントを羽織った長身の男がグラスを傾けていた。
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。かつて魔界にその名を轟かせた“血の貴公子”。だが今や、ただの魔界の中年。通称「アルおじ」。
「昔はな……この左手一本で、ドラゴニック侯を地べたに這わせたもんだよ」
すっかり冷えたブラッディ・ロゼをゆっくり口に運びながら、アルは隣の若いデーモンに語る。
だが若者は、キラキラと光る魔石スマホで“今話題の地上アイドル魔族”の動画に夢中だ。
「ふん、聞いちゃいねえ……」
アルはグラスをくるりと回し、溜息を吐いた。
鏡のように磨かれた酒棚の奥に、自分の顔が映る。
うっすらと浮かぶ目元のしわ。乾燥した肌。今朝塗った保湿クリームも、もう効力を失っている。
「……カサカサだな」
乾いた自嘲が、グラスの中に消える。
そのときだった。
店の扉が重く軋んで開き、一人のインプが封筒を抱えて駆け込んできた。
「アル様! お届けものでございますっ!」
「様」など久しく聞いていない呼び名に、アルの眉がわずかに動いた。
「ん……誰からだ?」
「地上の人間界より。差出人は……カナミ・シラセ様、とのことです」
アルの指が、ふるりと震えた。
カナミ。百年前、地上で出会ったただ一人の人間の女性。
吸血鬼である自分と知りながらも笑い合い、共に暮らし、そして去っていった彼女。
封筒を受け取り、封を切る。そこには、震えるような文字でこう綴られていた。
「アル様。私の命はもう長くありません。けれど、どうしても伝えたいことがあります。私たちの娘、ミドリが……生きています。まだ、あなたに会いたがっているのです」
アイゼンハワードの娘 ミドリ・シラセ=シュトラウス。
あのとき確かに、血を分けた娘がいた。
自分が長く生きすぎるからこそ、関わるまいと姿を消した存在。
だが、俺の娘が、まだ生きている?
手紙を読み終えたアルは、そっと目を閉じ、胸に広がる感情の波を押し殺すように息を吐いた。
「……俺の娘、まだ生きてるのか」
そしてゆっくりと立ち上がった。
その背は少し曲がり、髪に白いものも混じっていたが
目は、かつて“血の貴公子”と呼ばれた頃と変わらぬ鋭さで、遠い地上の空を見つめていた。




