第5話 記憶の狭間、語られぬ過去《裏門チーム》
虚零の城 第四層 《零の墓場》。
「ここ……空気が泣いてるわ」
四層の入り口をくぐった瞬間、チーム全員が静かに立ち止まった。
魔物も罠も存在しない。
ただ、そこは“何かを悼む”空間だった。
「……冷たい」
ダルツライが寝袋の口を少し絞める。
「空気が……心に、直接ささってくる感じ……」
シャルボニエが眉を寄せ、竜槍を静かに構えた。
「ここ……空間そのものが“心の迷宮”や……」
風子がささやくと、風のように儚い声が空間に満ちていく。
《零の墓場》記憶の亡霊
この層は、戦死した者たちの“記憶”と“感情”が顕現する精神牢獄。
歩みを進めれば、過去に交わした言葉、交差した想いが、幻のように浮かび上がる。
「……!?」
リーリアの目の前に、白と黒のローブを纏う幻影が現れる。
「師匠……サーテンリ……」
「久しぶりですね、リーリア。あなたの風……ずいぶんと強くなりました」
「これは……幻……? それとも……」
「答えは、あなたの心が決めなさい」
サーテンリの幻影は静かに微笑みながら、まるで生きているように言葉を紡いでいく。
「あなたは、まだ“私の理想”を信じてくれてますか?」
「ええ、もちろん……でも……!」
リーリアの瞳に揺れる迷い。
「ゼロが言っていた。理想は、誰も救えなかったと……!」
「それでも信じなさい、リーリア。風はいつでも、道を選べる。止まるか、進むか。あなたが選ぶのです」
幻影が消えるとともに、闇の中から重たい気配が現れる。
「語ることに意味などない。“想い”は戦いに溶けて消えるべきだ」
鎧に身を包み、仮面をかぶった寡黙な戦士
ゼロ部隊幹部、《沈黙のバルゴ》が降臨。
彼の武器は、巨大な“記憶の棺剣”。
切られた者は、“最も後悔した記憶”に閉じ込められるという。
「お前たちも知るがいい。“愛”も“信頼”も、すべては後悔となる」
ズガァァァァン!!
バルゴの剣が地を砕き、破片から“幻の亡者”たちが湧き出す。
「やめて! それは、私の記憶……!」
リーリアの前に現れたのは、かつて魔界を滅ぼしたとされる初代の仲間たちの影。
「うっ……また……“私のせい”だって……思わせようとしてる……!」
沈黙のバルゴが“記憶の棺剣”を構える。
「お前たちの過去、その手で抱いて眠れ……!」
大量の“亡者の記憶”が具現化し、チームを包囲。
リーリアの動きが止まりかけた――だが、
その時――
「もういい。過去を抱えたまま、生きるなんて、つらいだけでしょう」
――ダルツライ。
寝袋をずらし、視線をバルゴに固定。
「その幻想、撃ち抜いて終わりにする」
ライフルをスッと構え、静かに詠唱する。
「風よ――撃ち抜け。
澱む記憶も、悔恨も、
すべて一陣で吹き飛ばす――
《風流射法・終ノ式:天裂》!」
銃口に風の魔力が集まり、弾丸が蒼白く輝く。
発射と同時、空間ごと“亡者の記憶”が粉砕された。
「……静かに眠れ」
残ったバルゴが剣を振りかぶる。
「風は止まる……想いを切る……!」
「……いいえ。風は、巡るの。
過去も未来も、あなたの“想い”ごと吹き抜けて――新たな流れになる!」
リーリアが目を閉じ、風を纏い、両手を掲げて叫ぶ!
「天より舞い降りし、悠久の旋律よ!
疾風と共に我が願いを運べ、
《ヴェントゥス・リベラトゥス》!」
「自由なる風よ、私に力を貸して!」
天から舞い降りる光の羽根。
それが一陣の風に変わり、バルゴの剣ごと、彼の記憶を断ち切った。
バルゴの身体が崩れ、淡い霧へと還る。
「……記憶とは、苦しみだった……。
だが、お前の風は……暖かいな……」
「あなたの過去も、私の風が背負うわ」
そして、風は進む
「……さすが、サーテンリの弟子だね」
ダルツライがライフルを背に収める。
「風は、流れ続ける限り、腐らない。止まるのは、死んだときだけだ」
「ふふっ……かっこいいじゃない。意外と男前ね、あなた」
風子がちゃかしながら背中を押す。
「進みましょう。私たちは、過去に勝ったのだから」
シャルボニエが一礼する。
リーリア、見上げて
「師匠……私はもう、あなたの背中を追いません。私の風で、“未来”を切り開いてみせます」
仲間たちの背を受け、リーリアチームは再び進み始める。




