第1話 正しさに失敗した天才
広間の空気は、まるで音を飲み込むようだった。
白と黒の賢者サーテンリは、もうこの世には、いない。
彼女の笑顔も、叱責も、そっと肩に置いた温かな手も、
すべてゼロの力に飲まれて、跡形もなく消えた。
リーディオ・ゼロはその場に立ち尽くしていた。
彼女を失ってなお、涙は流れなかった。
その感情すら、ずっと前に“処理”してしまったのだろう。
だが、その記憶は消えなかった。
■■ リーディオ・ゼロ ― 回想 ゼロの能力者
この世界は、あらゆる所が
間違っていた。
表向きの秩序と、裏の混沌が
あまりにも見事に噛み合いすぎていたのだ。
少年だったリーディオは、ゼロの能力者の力を授かった。
誰よりも正確に、誰よりも理性的に、世界の“構造”を見通すことができた。
サーテンリは言った。
「あなたの力で、この世界をよりよくしていくのよ」
けれども、力を研鑽すればするほど、悪いところが“視えてしまった”。
王城の裏門で交わされる賄賂。
席順だけで決まる議会の派閥政治。
建前の正義を唱えながら、他国に兵器を流す軍部の利権構造。
街では孤児が飢え、医療を受けられぬ者が病に倒れ、
一方で上層部は“魔界紳士倶楽部”で高価なワインを煽っていた。
誰もが言うのだ。
「世の中とは、そういうものだ」と。
「正しさは、空気を読めてこそ“現実的”になる」
「きみは頭がいいんだから、黙って従っていればいい」
「若造が理想を語るな。これが“大人の世界”だ」
そのすべてが、
リーディオの心の中に、“毒”のように蓄積していった。
そして決定的だったのは。
賢者であるサーテンリでさえ、その腐敗を正せなかった。
彼女は、知っていた。
だがその上で、“今の均衡を壊してはいけない”と語ったのだ。
「リーディオ……人はすぐには変われない。
少しずつ、見守っていくしかないのよ」
それは“優しさ”だった。
だが、リーディオには“敗北宣言”に聞こえた。
『見守るだけなら、なぜ俺にゼロの能力者の力を授けた!?』
彼は自分の能力で、すべてを“分析”した。
“問題”の根源は、人間の性質ではない。
構造にあった。
ならば、一度壊してしまえばいい。
この世界をゼロに戻す。
構造も、歴史も、記憶も、感情すらも。
初期化されれば、歪みは生まれない。
誰も苦しまない。誰も嘘をつかない。誰も裏切らない。
それが、リーディオ・ゼロの正義だった。
「……なぜ、誰もあのとき、俺の言葉に耳を貸さなかった」
“平和を願う天才”は、“暴力を選ぶ怪物”へと変わった。
だがそれは、自らを救うためではなかった。
世界に絶望した“過去の自分”を、救うためだった。
そして、今。
かつて何も知らなかったはずの少年
ダイ・マオウがこちらへと向かっている。
愚かで、無鉄砲で、論理も知らないくせに、
なぜか“人の心”を動かす言葉を持っているあの男。
「全部、ゼロにしてやる。
今度こそ、お前の“生き様”ごと、消し去ってやる……!」
リーディオはそう呟いた。
ゼロの魔力が、静かに部屋の空気を歪ませていく。
この世界は、正しくなければならない。
たとえ、それが“世界崩壊”という手段をとったとしても




