第5話 白刃の静寂、凍てつく剣 《暗殺者ユキネ、沈黙の刃に心揺れる》
風が止んだ。
音が凍った。
気温が、目に見えて下がるのがわかる。
「……気配が消えたわ」
リーリアが杖を握り直す。
「これは……ただの刺客じゃない」
「来るぜ」
ダイ・マオウが小さく呟いた直後。
彼女は、いた。
白い雪の中での和風の装束。
黒髪を一筋に結んだ少女は、氷のように無表情で、
まるで最初からそこにいたかのように姿を現した。
「……名乗る意味はない。だが、形式として答えよう」
彼女は静かに言う。
「私はユキネ。祖先は、お雪。今は暗殺を生業とする者。そして、あなたを殺しに来た」
「ダイ・マオウ、だな」
その瞬間
風が走り抜ける前に、刃がダイの首筋にあった。
「……っ速すぎッ!」
リーリアの目が驚愕に見開かれる。
魔力感知が間に合わない。
「……動くな」
ユキネの声は感情を含まない。
冷たい冬の気配のように、静かに、そして確かに胸を刺す。
「“あなたが”魔界の崩壊を招く前に。
あなたの存在が、世界に不安定をもたらす兆しだと私は、上からそう聞いている」
「“上”ね……」
ダイは眉をひそめたが、怯えない。
むしろ薄く笑った。
「へっ…… 誰かの命令で動いて、命を奪う……
悪いがな、俺には通じねぇな。そういう“生き方”はよ」
ユキネの目がわずかに動いた。
「……言いたいことがあるなら、手短に」
ダイ・マオウは、ゆっくりと両手を挙げたまま、しかし言葉を紡いだ。
「俺が“魔王”になろうってのはよ……
誰かを威圧するためじゃねぇ。
俺の後ろにいる奴ら守りてぇ奴らがいるから、前に立つんだよ」
「……」
「肩書きがどうとか、血筋がどうとか、正直どうでもいい。
信じて背中預けてくれた奴がいる。
そいつらが困ってたら命懸けで前に立つ。
たとえ泥水啜ってもな それが俺の、“任侠”ってやつだ」
沈黙。
ユキメの手の刃がわずかに震えた。
風が止み、周囲が静かになる。
彼女の唇が、わずかに動いた。
「……“任侠”?」
「知らねぇか。 筋通して、義理通して、命張るって意味だ。
女の子にはちと古臭いかもな」
ユキメの瞳がゆっくりとダイを見る。
静かに、無表情のまま――だが、その奥にあった氷が、
ほんのわずかに……軋んだ。
「……変な人。あなた」
「よく言われる」
「私はまだ……あなたを敵と見る。
でも。今、斬る理由が分からなくなった。」
すっと刀が鞘に収まる。
「あなたが“本物”かどうか、私が判断する。
そのためにしばらく、あなたの後ろに立たせてもらうわ」
「仲間ってことでいいのか?」
「……いいえ」
ユキメは背を向け、歩き出す。
「私はあくまで“監視者”。 いつでも斬れるように、刃を研ぎながら見届ける」
ダイは苦笑して銃を下ろす。
「……ま、いいさ。背中向けて歩けるだけで、上等だ」
リーリアがそっと耳打ちする。
「ちょっと、惚れてない? あの子」
ラッカが口笛を吹いた。
「目の奥、キラキラしてたで〜。
氷、溶ける一歩手前ってやつやなぁ」
だがユキメは、それに答えることなく、
沈黙のまま、夜空の下を歩き続けていた。
その背中に、誰にも気づかれない微笑が
ほんの一瞬だけ、浮かんで消えた。




