第1話 目覚めし混乱
かつて世界を救った勇者アルベルトの死から十年。賢者サーテンリも老い、弟子リーリアは静かに魔法の道を歩んでいた。だが、魔界に激震が走る。腐敗した評議会、暴走する“ゼロの部隊”、そして突如現れた、次期魔王を名乗る少年ダイ・マオウ。
彼は魔王の妹ベルモットの血を継ぎながらも、人間と魔族の境界に生きる「異端の継承者」。その眼は、争いと差別に満ちた世界のすべてを睨んでいた。運命に選ばれたのではない。選ばれなかった者たちが、世界を選びなおす物語。
サーテンリ師の教えを胸に刻む魔法使いリーリアと、血に抗い未来を掴もうとするダイ・マオウ。
ふたりの出会いが、世界を変える。
【登場人物】
サーテンリ(黒と白の賢者)
70歳。元は大賢者評議会の一員。黒魔術と白魔術の両方を極めた伝説の魔法使い。
表情は柔らかく、語り口も穏やかだが、その知識と実力は今も健在。
長年隠居していたが、世の不穏を感じ旅に出る。
リーリア
18歳。サーテンリの唯一の弟子。火と風の魔法を得意とする才女。
師を超えたいと願いながらも、心の奥ではサーテンリを実の母のように慕っている。
正義感が強く、時に無鉄砲。
ダイ・マオウ(魔王と勇者の意を継ぐ者)
ベルモットの遺児。年齢不詳(外見は16歳程度)。突然現れ、自らを「次期魔王」と称する。
その存在自体が謎に包まれており、ゼロの部隊から命を狙われている。
実は魔界の魔王の血と人間の勇者アルベルトの血を併せ持つ混血児。
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風はとても穏やかだった。
辺境の高地にある石造りの塔、賢者サーテンリの研究所には、今も鳥のさえずりと薬草を煮る香りが漂っていた。
「師匠、朝の煎じ薬、できましたよ」
柔らかな声に振り向くと、リーリアが湯気の立つカップを盆に乗せてやって来る。
長い髪を後ろで束ね、清潔なローブをまとう少女。いや、もう少女ではない。サーテンリの弟子として十年以上を共に過ごし、すでに立派な魔法使いとなっていた。
「ふむ、ありがたい。……この時間が、永遠に続けばいいのだがな」
サーテンリは微笑みながら薬をすすった。黒と白が織りなすローブをまとい、瞳にはまだ光がある。
だが、その頬には老いの影が差しつつあった。
静かな時間。争いも政も遠い、魔法と知識だけの隠れ里。
だが、その平穏は突如として破られた。
――ドゴォォンッ!
塔の扉が吹き飛ぶような音と共に、突風が吹き込む。
目を凝らすと、そこに立っていたのは、ひとりの少年だった。
銀髪に赤く鋭い目を持つその少年は、ボロボロのマントをはためかせて立っていた。
その背中には、魔王の紋章。だが、その瞳には王の冷酷さではなく、迷いと怒りと哀しみがあった。
「……お前は……まさか……」
サーテンリが立ち上がる。
リーリアが警戒して魔力を放とうとしたその瞬間、少年が口を開いた。
「オレはダイ・マオウ。魔王の妹、ベルモットの息子だ。……助けてくれ、サーテンリ」
その言葉に、時間が凍った。
ダイは話し始めた。
魔界で進行中の政変、評議会の腐敗、そして“ゼロの部隊”の暴走。
その部隊の中心にいたのはかつて忠義を尽くした英雄ゼロ。
そして今やその名を冠した新組織「ゼロブレイカーズ」が、次々と魔界の都市を制圧しているという。
「しかも、ゼロの部隊長たちの子どもたちが中心にいる。マリ・キュウリの娘、ナンバ・カゲツの息子……連中は皆、かつての英雄の名を汚すようなことをしている。勇者の子孫の名のもとに、自由を奪い、民を支配しようとしてるんだ」
リーリアが息をのんだ。
「でもあなたは……時期魔王でしょう?」
「だからこそ、止めたいんだよ」
ダイの拳が震える。
「オレが魔王になるためじゃない。……魔王なんて、いらない。だけど、“王を継ぐ”ってだけで、オレの存在がまた争いを呼んでる。だから、誰かが止めないと、誰かが終わらせなきゃならない」
サーテンリは目を閉じた。
その耳には、かつての仲間の声が蘇る。
ゼロの、静かで鋭い声。
「正義ってのは、たった一人の本気で壊れるもんだぜ、賢者」
「……来るべき時が来たか」
彼女は静かに言った。
夜。塔の上空に浮かぶ月を見ながら、リーリアはぽつりとつぶやく。
「どうして私たちが、こんな世界を背負わなきゃいけないんでしょうね」
ダイが隣で言った。
「たぶん、選ばれたからじゃない。選ばれなかったから、背負うしかなかったんだ」
その言葉に、リーリアは少しだけ微笑んだ。
翌朝。
サーテンリは賢者の杖をリーリアに差し出した。
「この杖は、お前に預ける。私は……古き因縁を確かめに行く」
「まさか、師匠……!」
「ゼロに会いに行く。直接な。……だが、それまでにお前たちは歩き出せ。この世界を変えたいなら、“旅”を始めるしかない」
こうして、リーリアとダイの旅は始まった。
“知”と“血”、継がれざるふたりの、世界をひっくり返す旅が。




