第5話 双子天使の堕天の理由と、少しの過去
いつものゴミ屋敷ラボ。
今日は珍しく、穏やかな午後だった。
煙もない。爆発もない。鍋もキノコも生えていない。
セクシャルとバイシャルが、風の通る窓辺で並んで座っていた。
「ねぇ……セクシャル」
「んー?」
「なんで……私たち、堕天したんだっけ」
「えっ、今さら?」
少しの間、沈黙が流れる。
そしてセクシャルがポツリと呟いた。
「……人間界の服、かわいくて。着替えてたら、怒られた……」
「え?」
「教会の裏でね。フリフリの下着とか、レースのワンピースとか……ちょっと着てたら……」
「えっ、それだけで堕天!?」
「うん。“神聖なる衣を脱ぐなど言語道断”って、長老様が……」
セクシャルは膝を抱えて、ちょっと涙目だった。
「わたし、ただ……かわいくなりたかっただけ、なのに……」
その横で、バイシャルが顔を真っ赤にしながら言った。
「……わたしなんか、男の人を裸にしちゃったのに……」
「ちょっ……!? バイシャル姉ちゃん、それどういう……!?」
「いや!ちがっ……! あれは!“人間のからだの構造を学ぶ”って授業のつもりだったの!でも“服を一瞬で消す術”を試してたら……全部消えちゃって……」
「それ完全にアウトやんけぇぇぇぇ!!!」
と、そこへカゲツが唐突に乱入。
「ええやん!人間も天使も裸でええ時代や!裸は命の原点やでぇ!!」
「そういう問題じゃないの!!」
「アダムとイブもそうやろ?“知恵の実”かじって、恥じらい覚えて服着ただけや!つまり、服着るほうが不自然なんや!!」
「なんか急に宗教画みたいな話になってきた……」
3人がごちゃごちゃ言い合っていると
ガタンッ!!
どこからか棚が崩れ、埃をかぶった古びた革表紙の本が床に落ちた。
「……ん? なんやこれ」
表紙には
《禁断実験録:ナンバ・カゲツ》
「げ、これウチの黒歴史ノートやん……!」
「開けたらだめなやつ……?」
「めっちゃダメなやつ!!」
……だが、ページはひとりでにバラバラバラッ!と開き、中から無数の光と蒸気が噴き出した!
「うおぉぉぉぉ!? なんか出てきたー!!」
「記憶の魔法……? いや違う!これは具現化術式!」
「ぎゃあああああああ!!
カゲツさんが昔やろうとしてた“人格持ちパンツ”が浮いてるぅうううう!!」
部屋中を飛び交う謎の実験具
しゃべるホウキ、涙を流すスライム、ハイテンションなズボン、
そして謎の関西弁のしゃべる鏡「わいが本物のカゲツやで!」
「ウチの記憶が勝手に錬金術で暴走しとるぅうう!!!」
「どうすんのこれ!? なにこのカゲツワールド!!?」
爆音! 煙! パンツの主張!
……ラボは一瞬で、再びいつもの混沌と爆発に包まれた。
夜。
天井の穴から星が見えるほどに荒れ果てた研究所で、
3人はボロ布をまとってぐったり座っていた。
「……なぁ。堕天って……もしかして……」
「うん……」
「今もまだ続いてる気がする。」
「うちに来た時点で覚悟してたやろ!?」
でも。
爆発だらけの毎日でも、
パンツが吹き飛んでも、
キノコが生えても。
みんな、ちょっとだけ笑っていた。
きっとそれは、
天界よりも、ちょっと自由で、ちょっと恥ずかしくて、でもとってもあたたかい世界だったから。
「よくわからんけど、いい話や!」とナンバ・カゲツがツッコんだ。