【最終話】 それでも、姫は眠りつづける。眠り姫よ永遠に
かつて、魔界を席巻した「寝育てブーム」は、やがて静かに忘れ去られ、自然に、幕を閉じた。
熱狂も誤解も過ぎ去ったあと、残ったのは、あまりにふつうで、愛おしい日常だった。
魔王ガルヴァが誤解を全力で回収し、さっちゃんがメディアにキレて、バクちゃんが育児界隈で講演会を頼まれたけど断りつづけ、当の本人のベルモットは
……何も変わらなかった。
相変わらず、1日22時間眠っている。
【魔王城・寝室】
淡いランプの灯りが揺れる中、大きなクッションに埋もれ、ぐっすりと眠るベルモット。
その横で、ふにゃあと大あくびしながら、バクちゃんも一緒にスヤスヤ。
そして、床にはマットを並べて、マオウくんが昼寝の真っ最中。
その様子を、少し離れた椅子から、さっちゃんがじっと見守っていた。
「ま、結局こうなるのよね……この家は」
そう言って、さっちゃんはポケットから
折りたたみの小さな“極道教育ノート”を取り出す。
「いいかい、マオウくん」
さっちゃんはそっと寝ているマオウの額に手を置き、静かに語る。
「“仁”とはね、他人を思いやって、慈しむこと。これは五常の中でも、最高の徳目なんだよ」
「そして、“義”はね。私利私欲ではなく、世のため人のために動くこと。誰かのために立ち上がる力。魔王ってのは、そういうものさ」
寝息を立てるマオウくんは、小さく笑ったようにも見える。
「……ま、うちの眠り姫ママには、一生届かない言葉だけどね。ふふっ」
そのころ、ベルモットは夢の中。
そこは暖かくて、風のない草原。
彼女はゆったりと腰を下ろして、空を見上げていた。
「……ふふ……みんな、ちゃんと育ってるみたいね……」
となりに座るバクちゃん(夢の中ではなぜかイケメン化)が言う。
「なぁ、そろそろ起きてもいいんじゃない?」
「……やだ。もうちょっと寝る」
「はいはい、じゃあ俺も一緒に寝るよ」
そして、現実の魔王城。
ベルモットは布団の中で、小さく寝言を漏らした。
「……仁義……とか難しいけど……さっちゃんがいればだいじょぶ……」
さっちゃんはそれを聞いて、軽く吹き出した。
「はいはい、おやすみなさい、元ママタレ眠り姫」
そして今日も、マオウくんの成長は続いていく。
仁義と超能力と、極道と魔法の入り混じった教育を受けながら。
いつの日か、マオウ君が本当の魔王になるその日まで
最後に。
この物語を通して、彼女は本当に育児をしていたのか。
それとも、周囲に支えられていただけなのか。
その答えは、たぶん、どっちでもいいのだろう。(適当)
ベルモット・ネクロデス。
魔界の“眠り姫”であり、“伝説の寝ママ”。
今日もまた、ふわふわ毛布の中で、
世界をほんの少しだけ、寝具で、あたたかくしていた。
『眠り姫ベルモットの寝ながら子育て?できるわけがない、さっちゃんとバクちゃんの育児奮闘記』
【これにて完結】