第7話 黒竜グランデルの暴走!ミッシェルの過去
ゼロ部隊の元に届いた一報は、静かで重いものだった。
「南断崖帯にて、黒竜と思しき大型生物が暴走。山岳一帯を壊滅させ、付近の村が孤立。
交戦中の部隊、連絡途絶」
ミッシェルは報告書を手にしたまま、動けなかった。
「……黒竜……まさか、グランデル?」
その名を口にした瞬間、心臓が痛んだ。
記憶がよみがえる。
あの漆黒の鱗、冷たい風のような瞳。
小さな竜の子と、孤独な姫だった自分。
「行きますわ。今すぐに」
「落ち着け。何が起きてるかまだ状況が」
「わたくしにはわかりますの!! あの子が、わたくしを呼んでますの!」
断崖地帯。
空は真っ黒な雲に覆われ、雷が轟いていた。
大地は引き裂かれ、兵士たちは逃げ惑う。
その中心で、漆黒の龍グランデルが咆哮を上げる。
それはかつての優しい姿ではなかった。
血走った目、剥き出しの牙、全身に走る赤黒い呪符痕。
狂気を帯びた魔力の波が、地表を焼き尽くす。
「グランデル……やっぱり、あなた……」
ミッシェルの瞳に涙が浮かぶ。
お雪が前に出る。「あれはもう“理性”を保っていない」
楓が天井からひょこっと現れる。「これ、たぶん呪詛だよ。誰かに感情を乗っ取られてる」
ミッシェルははっとする。
「……“感情増幅の呪術”……!?あの子の“寂しさ”を、無理やり“怒り”に変えて……」
■■■
数年前。
ミッシェルは政略のため、竜騎士の教育機関へ留学していた。
その間、黒竜グランデルとは会えず、文も交わせなかった。
「わたくし、すぐに戻りますわよ。待っていてね……!」
でも。あの時、グランデルは言っていたのだ。
「ボクは、人間が……怖い。でも、ミッシェルだけは信じてる」
それすら、呪術師に利用された。
◆◆◆
「あなたは……“わたくしに会いたかった”のですね……」
ミッシェルは槍を捨て、魔力を抑えて歩き出す。
怒りの黒い竜に、まっすぐ近づく
お雪が言う。「……やるしかない」
楓が応じる。「止めるだけ、止めよう」
グランデルの咆哮。
その翼が、空を裂く。
巨岩が砕け、ゼロ強襲部隊を襲う!
ミッシェルの前に、お雪が滑り込み、斬撃で空気を裂き流れを変える!
楓が天井からグランデルの額へ接近、封呪札を投げる!
「“龍封・静心の結界”――ミッシェル、今だ!!」
ミッシェルは叫ぶ。
「私はあなたを、責めたりしませんわ!!
どれほど寂しかったのか、痛かったのか、苦しかったのか全部、受け止めて差し上げますの!!」
その言葉が、黒龍の心に届いた。
グランデルの瞳から、ゆっくりと
涙が一筋、零れ落ちる。
赤黒い呪符痕が、パリン、と音を立てて砕け散る。
そして、竜はゆっくりと膝を折った。
静かに、ミッシェルの手に額をあずけて。
戦いの後。
グランデルは深い眠りについた。
呪術の後遺症で、回復には時間がかかるだろうと診断された。
「それにしても……あんたの“声”、すごかったよ」
「……言葉で心を救うなんて、珍しい」
「当たり前ですわ。“想い”は、暴力より強いのですもの」
三人の影が、夕日を背にして伸びていく。
ミッシェルはそっと呟く。
「グランデル……また、一緒に空を飛びましょうね。今度は、誰にも邪魔させませんわ」