第3話 大泥棒ミス・ミミと乙女の誇り
薄暮の町、バンガード。
貴族の別荘が立ち並ぶ裕福な町に、貧しい庶民の影がちらついていた。
「ムラサキだ! ムラサキが昨日もパンを配ってくれた!」
「ママの薬もくれたよ! すっごい優しい人なんだ!」
路地裏では子供たちが、目を輝かせて語っていた。
全身紫色のレオタード姿の「ムラサキ」と呼ばれる女盗賊
貴族の屋敷から金や薬を盗み、貧民に配っているという“義賊”。
しかし、その名は今、町の伝言板の指名手配書に載っていた。
【大盗賊ムラサキ 女/変装の名人/単独行動 懸賞金2000金貨】
「まったくけしからんですわ! 法に背きながら“良いことしてます”なんて……それは偽善の極みですわ!!」
ミッシェルが懸賞金の貼り紙を見ながら、プンプン怒っていた。
「わたくし、正義の名のもとに裁きますわよ!」
「……盗んだ理由、聞いてからでも遅くない」
隣で静かに佇むお雪が、貼り紙を見つめながらぼそりと呟く。
「子供に薬を配る盗賊。目的が違えば、行動も違う」
「ですからっ、それをしてしまったら、正義がグラつきますの! “盗みは悪”そこは揺るがせてはいけませんわ!!」
「じゃあ貴族の不正は?」
「……それとこれは別ですわ!」
バチバチとまたも火花を散らすふたり。
その様子を見ながら、楓はこっそり木の影に消えた。
■■■
夜の市場跡。
朽ちた教会の鐘楼に、一人の女が静かに佇んでいた。
紫のレオタードにケープ、流れる銀髪、仮面で顔の半分を隠している。
それがムラサキこと本名 ミス・ミミ。
「こんなところで待ち伏せなんて、昔の私だったら気づかなかったかもね」
仮面越しの声に、影から楓が姿を現す。
「さすが、伝説のくノ一崩れ……いえ、楓さま。お見通しですか」
「あなたも忍びでしょ? 気配の殺し方が甘いわ」
「お褒めに預かります〜♪ でも今日は遊びに来たわけじゃないのよ。あなた、追われてるの。うちの部隊に」
ミス・ミミはほんの一瞬、沈黙した。
そして小さく笑った。
「民のために盗んでるだけ。でも“法”の前では、ただの泥棒。わかってる」
「……逃げるつもりは?」
「できるなら。でも、子供たちを巻き込むのはもうイヤなの。さぁ、どうするの? あなたたち、正義の味方なんでしょ?」
◆◆◆
翌朝。
鐘楼の前で、三人が再集結する。
「さあ、お雪さん。今日こそ一緒に“天罰”を」
「……ムラサキことミス・ミミは逃がすべき」
「なにを言ってますの!? 今回こそ、意見が割れますわよ! そちらが成敗派、わたくしが逃がす派!」
「……は?」
「だって、彼女は民草のために働いていますもの。それなら、同じ貴族として見過ごすべき正義があると思い直しましたの!」
「……急にどうした。キャラぶれてる」
「ぶれてませんわよ! 反省と成長ですの!」
楓は手裏剣をくるくる回しながら、苦笑する。
「も〜う、毎回意見割れるねぇ。…でも今回は天罰も成敗もせずに“誰も傷つけずに終わらせる”ってのも、アリじゃない?」
そのとき、街の警備隊が鐘楼に殺到してくる。
「ムラサキを見たぞ! 包囲しろ!」
「全員、捕らえろ!」
その瞬間、三人は素早く跳び出した。
ミッシェルが前に立ちふさがり、
お雪が剣の柄で隊長の足元を払う。
楓がスモークボムを投げて、ムラサキを鐘楼から逃がす。
「いったん見逃しますわ! 次に会うとき、わたくしたちが“裁く”か“救う”か――そのときまで、精進なさいな!」
「……期待しないで。次は斬るかも」
「……クセがつよい……マジで」
ムラサキが煙の中に消える。
事件は報告書にも残らなかった。
ミッシェルも、お雪も、楓も、今回は「対象未確認」とだけ報告した。
「次は本当に敵になるかもしれない。それでも、“今の彼女”は見逃す価値がある」
お雪がそうつぶやき、ミッシェルが静かにうなずいた。
楓が背伸びしながらふわっと笑う。
「にしてもさ、どっちが正義とかじゃなくて善悪って難しいよね」
「ええ。ですからこそ、守る価値がありますわ」
「……共感」
今日もまた、彼女たちは迷いながら進む。
正義と罪のあいだで揺れる、乙女たちの誇りを胸に。