第5話 5人を30秒、死角はゼロ/30秒の正義
夜明け前。
大エイド西区の第7ブロック、上空ドローン網に異常反応。
とある情報筋から“大エイド同時爆破プログラム”が検出された。
ゼロ部隊司令ノエルが言う。
《犯人グループは“ブラック・ジャスティス”。
実行犯5人は、全員違う地点、違う時間、違うタイミングで起動装置を持っている》
《狙撃時間の猶予は30秒。それ以上で、都市が吹き飛ぶ》
ダリ・メンドウはチョコをかじりながら答える。
「5人もダリィ……でもやらなきゃ終わんない。 これが、あたしの働き方改革」
狙撃拠点は超高層ビル・大エイド スカイ釣りタワー99階。
特殊支援スナイパーユニット「フォーカス6」の6つの銃座に1人で座るダリ。
銃座A〜E、それぞれに向かうターゲットの地点はこうだ:
①:地下鉄出入口(AM7:59)
②:中央広場の銅像裏(AM8:01)
③:銀行ビルの屋上(AM8:05)
④:小学校通用門(AM8:06)
⑤:空中ブリッジの中腹(AM8:07)
ダリは一息ついて、手袋を締めなおす。
「ねえ、ノエル。30秒で5人って、普通なら無理ゲーって言うのよね」
《でも君は、“狙撃30(サーティー)”だから》
任務開始
AM8:00:カウント開始。
「よし……死角、風速、群衆、照準――」
カウント:00:00
パン!!
スコープ越しの世界で、赤い点がひとつ、
ぽとりと消えた。
00:04:A地点、ターゲット1、後頭部に命中。
パン!!
スコープ越しの世界で、赤い点がふたつ、
ぽとりと消えた。
00:09:B地点、風に合わせてリコイル補正、心臓貫通。
パン!!
スコープ越しの世界で、赤い点がみっつ、
ぽとりと消えた。
「ふん、朝の狙撃は頭冴えるわね……って言いたいとこだけど、マジでダリィわ」
00:16:C地点、銀行屋上ターゲット、伏せ姿勢からの逆角度。
パン!!パン!!
スコープ越しの世界で、赤い点がよっつ、
ぽとりと消えた。膝→首の2点コンボ。
00:23:D地点、小学校通用門前、親子に紛れた男。
手にした起爆スマホを吹き飛ばすワンショット。
パン!!
スコープ越しの世界で、赤い点がいつつ、
ぽとりと消えた。
00:30:E地点、橋上。ターゲットが背を向けた瞬間、後頭部貫通。
カウントゼロと同時に沈黙。
30秒のカウントダウンが終わった瞬間、
大エイドで爆発は起こらなかった。
ダリはライフルを静かに置く。
ノエルの通信が届く。
《……全ターゲット、沈黙を確認。大エイド都市は無事。正義は、生きてる》
任務終了後、狙撃塔の屋上。
ダリ・メンドウはいつものようにスナイパーケースを片手に、陽だまりに背を預けていた。
ノエル司令官からの通信が、微かにノイズを含んで届く。
《……今回の同時多発テロ。裏で動いていたのは“クロエ・ルシアン”だった。》
ダリの目が細まる。あの、完璧主義の副メイド。
過去にいがみ合い、決闘までしたあの女。
《奴はブラック・ジャスティスに潜入していた。
ダブルスパイとして、起爆装置の位置情報と犯人名をこちらに流していた。
お前を……信じて、だ。》
ダリは小さく鼻で笑った。
「……あいつなりの……恩返しかねぇ……ったく……回りくどいのよ、全っ然素直じゃない……」
風が静かに、ビルの上をなでた。
チョコの包み紙が一枚、空に舞い上がる。
そして、ノエルの声が少しだけ温かくなる。
《ダリ・メンドウ。
君は、誰も死なせなかった”英雄”だ。
誰もがやれないことを、誰にも言われずにやり遂げる。それが“狙撃30“君の名だ》
ダリはもう何も言わなかった。
ただひとつ、苦味の残ったチョコを口に放り込み、歩き出した。
「……まぁ、今日は寝る前に風呂でも入るか……めんどくせぇけど、……英雄だしね」
スナイパーの影は、朝の空へと消えていった。