第3話 チョコと風と、三日月の標的
2月14日。バレンタインデー
世界が浮つき、街中にチョコと花があふれる日。
けれど、ダリ・メンドウにとっては、ただの“砂糖臭い任務日”。
ゼロ部隊のオペレーター、ノエルの声がインカムに響く。
《対象はマルス・カイザー。元諜報員、現・国際企業のCEO。
彼は"味覚洗脳装置"の試験体にして開発者。》
《表向きは「女性を探してほしい」と依頼を装って君を雇ったが、
本当の目的は“君をチョコと恋愛で錯乱させ、無力化”することだ。ターゲットの写真を送る。》
ダリは、任務用チョコの包みを足で押しのけながら、言った。
「恋も義務もダリィけど、……引き金だけは、軽いのよね」
ダリは「恋人候補」として、マルスの待つ高層ホテルに潜入。
相手は、涼しい笑顔の整った顔立ち。だが瞳の奥に、正気はなかった。
「君、すばらしい味覚だ……これなら“調整”せずとも、完全な支配ができる」
「私は、愛を科学したいんだ。義務で惚れさせる恋を、完璧にデザインするためにね」
部屋の空調に混ぜられたフェロモン強化ガスと味覚抑制波が襲いかかる。
けれど、狼女ナターシャに鍛えられた“鋼鉄の味覚”をもつダリには効かない。
「あー……ホントうぜぇ…… そんなんで惚れるぐらいなら、最初からチョコ配らねーし……」
マルスがボタンを押すと、ガラスが弾けた。
彼の体は半分が義手、義足、脳は義体制御。
感情すら“味”で操るという狂った人工恋愛の実験体だった。
「僕の愛は、完璧だ。義務でも、機械でも、真実になれる」
「人間の恋は曖昧で、くだらない……だから“制御”するしかないんだ!」
その瞬間、ダリの指が、静かに引き金を絞る。
「……愛が義務とかマジくっだらねぇ…… バレンタインは、あたしの弾丸だよ。ほら、“あーん”ってしな」
パン!!──ヘッドショット。
三日月に照らされ、チョコより甘くない銃声が一つ響いた。
任務後、屋上でチョコを開くダリ。
溶けかけの板チョコをかじりながら、風に髪を揺らす。
「……あいつの愛って、ぜんぶ添加物だったな…… 味の濃さでしか愛を測れねぇ男って、ほんとイラネ」
風が吹いた。
どこかチョコバニラの匂いがしたのは、気のせいか。
ノエルからインカム。
《おつかれ。ヘッドショット1発。評価A+。》
《なお来月3月14日、ホワイトデーの“復讐任務”が届く予感》
ダリは頭を抱える。
「……ダリィ……もうホント、誰かあたしの恋愛フラグ全部撃ってくれない?」
依頼があれば、あなたの頭撃ち抜きます。